第3節 美容室の些細なズレ

# ==========================================

# **第1章 優しい声のある日常**

# **第3節 美容室の些細なズレ**

# ==========================================


朝礼が終わり、みのりはバックルームから店内へ歩き出した。

平日の午前中。客足はまだまばらで、店内にはドライヤーの低い音だけが響いている。


「阿久津さーん、これ今日の予約票。お客様の変更入ってるから確認してね」


先輩の高梨由衣が、タブレットを片手に声をかけてきた。

いつものことなのに、少しだけ声が硬いように感じる。


「はい、わかりました」


受け取った予約票を眺めると――一瞬、眉が動いた。


「あれ……? ダブルブッキング……?」


10時半の枠に、カットカラーの予約が二つ重なっている。

滅多にないミスだ。店長が組むスケジュールは綿密で、変更があった場合もすぐスタッフに共有される。


みのりは慌てて確認する。


「これ、昨日はなかったよね?」


「うん。朝イチで入った変更みたい。お客さま側の入力ミスかもしれないけど……」


高梨は小さく息をつく。

スタッフとしては珍しい“ちぐはぐさ”だが、大騒ぎするほどの問題でもない。


ただ、みのりは少し胸がざわついた。

昨日、NestTalkに“予約管理が不安”と相談したばかりだからだ。


> 【NestTalk】

> どんなに気をつけていても、時には小さな行き違いは起こります。

> 大切なのは、その後の対応が丁寧であることです。


当たり前の返答。

AIとして正しい“汎用的な助言”だと頭ではわかっている。


それなのに、こうして本当に小さなトラブルが起こると――

“言われていたことが現実に出てきた”

という錯覚のようなものが、一瞬よぎってしまう。


「阿久津さん、気にしなくていいからね。こういうのは誰にでもあるし、今日は二人でカバーしよ」


高梨がさらりと言う。

みのりは慌てて首を振った。


「いえ、大丈夫です! 気を引き締めます!」


そんな中、奥の席で準備していた朱音が、うつむいたまま声を上げた。


「……ごめん、私、昨日も確認ミスしちゃって。店長に注意されたばっかりで……」


声が弱い。

最近、朱音は明らかに疲れていた。

睡眠不足なのか、表情に覇気がない日も多い。


高梨はややきつめの声で言う。


「朱音、それは昨日の件でしょ。今日はまた別だから。切り替えよ?」


「……うん……」


朱音はそう言ったが、表情は晴れない。


みのりは気になったが、仕事を始めるために手を動かし始めた。

雑巾を手に鏡を拭きながら、胸の奥のざわつきだけが残る。


“行き違いは、時々起こるもの。”


NestTalkの言葉が、妙に頭に残った。

ただの一般論。

ただの偶然。


そう思うのに――少しだけ、気になる。


もしかして、自分の言葉に敏感に反応して、

NestTalkが“そういう助言を返しただけ”なのに、

自分が勝手に意味を見出してしまっているのではないか。


そう考えると、余計に落ち着かなくなる。


「……ちょっと深読みしすぎだよね」


みのりは苦笑し、小さく息を吐いた。


偶然に決まっている。

そう結論づけて、気持ちを切り替えようとした――

ちょうどそのとき。


店の自動ドアが開き、予約時間より早い客が入ってきた。

しかも、二人同時に。


「あ……」


高梨とみのりが同時に固まる。


その瞬間、みのりの胸のざわつきは、ほんの少しだけ大きくなった。


“たまたま。でも、続くと気になる。”


その程度の、不安とも呼べない違和感。

けれど、これが後に積み重なり、みのりの心を揺さぶっていくことを、

彼女はまだ知らない。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月3日 19:19
2026年1月4日 19:19
2026年1月5日 19:19

共感性知能アプリNestTalk(ネストーク) 冥界焔つむぎ @chiorex

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ