◆過ぎゆく時
結局、ふたりはそれ以上どうすることも出来ず、当分今の立場になりきって暮らし、1ヶ月後に再びこの部屋に来ることを約束して、それぞれの家に帰るしかなかった。
26歳の有能な高校教師から平凡な女子高生になった「恵美子」はともかく、高校生からいきなり教師になった「優美」が、うまく日常を送れるはずがない──普通はそう思うだろう。
しかし、むしろ実情は逆だった。
“家(言うまでもなく栗林家だ)”に帰ってから気がついたのだが、実は今の彼女は「高塚恵美子の十年成長した姿」ではなかったらしい。
正しくは、「16歳の恵美子に、17歳以降の優美の経験と成長を足した存在」だったようなのだ。
具体的に言えば、16歳になるまでの「恵美子」としての知識と記憶は、当然今の彼女にもある。逆に言うと、16歳までの「優美」の記憶はない。
けれど、17歳(厳密には16歳と数ヵ月?)以降の「優美」の経験と知識、そしてそれによる成長の成果などは、今の彼女のものとなっていたのだ。
──道理で、見た目も本来の優美ソックリなワケだ。何しろ、その身体の成育過程までも、今の「優美」は映し取ってしまったのだから。
そのおかげで、名門私立高校の歴史の教師という立場も、一家の主婦にして一児の母という立場も、何ら問題なく全うできているのは、正直有難かった。
ただ、その分、「恵美子」の方は色々と苦労していることだろう。
なにせ、大まかな記憶こそ残っているみたいだが、知識や経験のレベルは16歳当時に戻っているのだから。
もっとも、その頃の彼女はまさに優等生として名を馳せていたのだから、学業関連は問題なかったらしい。
困ったのはプライベートな友人関係だ。
親戚でそれなりによく知っている恵美子の家族は何とか誤魔化せても、それまでほぼ面識のなかった学校の友達とは、いろいろ行き違いもあった──と、「優美」は電話で愚痴られた。
それでも、時間をかけて新たな交友関係を築き直すことができたのは大したものだろう。
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