◇のぞみ・かなえ・たまえ
完全にお互いの外見にあった格好に着替え終えた「私」たちは、これからどう行動するべきか話し合った。
今日から明日の午後まで、丸一日をどう乗り越えるか?
どう行動すればいいのか?
先程まで渋っていたとは思えないほど、彼女──「恵美子ちゃん」は、この入れ替わり劇に積極的になっていた。ここまでしたからには、と開き直ったのかもしれない。
「私」としても、異論はなかったので、打ち合わせはスムーズに進んだ。
そして、「私」たちは、ふたり連れ立って離れから屋敷に戻った。
姿を消していた時間は、1時間程だったろうか。当然、「恵美子ちゃん」は、「母」である聖子に怒られたが、信頼の厚い「私」が弁護したおかげで、すぐにお説教は終わった。
「恵美子ちゃん」からの感謝の視線が、「私」には心地よかった。
その後、彼女たちと別れた「私」は、「夫」の元へ戻り、甘えてくる「娘」を優しくあやしてあげた。
(マミちゃんって、和也さんと「優美」のいいところを受け継いだような娘で、本当に天使のように可愛らしいわねぇ)
あたしも将来こんな子が欲しいな──と考えかけて、「私」は首を横に振る。
(ううん、今は「私」がマミのお母さんだものね)
「どーしたの、ママ?」
「ふふっ、なんでもないのよ、マミ」
……
…………
………………
その後も、入念な打ち合わせのおかげか互いに特に困るようなこともなく、私たちは無事一日を祖父母の家で過ごした。
嫌みで辛気臭いと思っていた親戚のおばさん達も、立場を変えてみれば驚くほど好意的で好感が持てる人達で、私は「栗林優美」として振る舞い、話し、過ごすことを大いに堪能した。
特に、「夫」──和也さんとの「夜」については、「素晴らしい」の一言に尽きた。
お姉ちゃん(既にこの呼び方に何だか違和感を感じるのだけれど)は、「万が一迫られても、疲れたフリをすれば、和也さんは引いてくれるから」と言っていたけど、いざその場になって求められた私は、ごく自然に応じてしまったのだ。
無論、本来のあたし──高塚恵美子に「経験」はない。それどころか恋人すらいたことはない。
だが、今の私はこの人の妻の「優美」なのだから、主人に抱かれるのも当然のことだ。
なぜか、素直にそう思ってしまったのだ。
幸か不幸か十歳成長したこの身体の方はすでに「経験済み」だったようで、特に痛みもなく私は夫のモノを体の深くに受け入れる事が出来た。
夫のソレは私のソコにまるであつらえたようにピタリとハマり、和也さんも私が「本物の恵美子」ではないなどと思ってもみないようだ。
結果的に、私たちふたりは(隣りの部屋で娘が寝ていることも忘れて)熱い一夜を過ごすことになった。
幸いにして娘のマミは目覚めなかったものの、私たちの夫婦の営みの様子は、近くの部屋に泊った親戚には聞こえてしまっていたようで、「熱々ねぇ」と女衆から翌朝冷やかされた。
(祖父の葬儀のために来てるのに流石に不謹慎だったかしら?)
恥ずかしくはあったが、別段悪いことをしたワケじゃないし……と私は開き直る。
──いや、本当は「他人の夫を(妻のフリをして)寝取る」というとんでもない罪を犯しているのだが、優美になりきっていたその時の私は、まったくそれに思い至らなかったのだ。
幸いにして「恵美子ちゃん」の寝た部屋は私たちの部屋から離れていたため、気づかれていないようなのが救いだ。
そして、祖父の葬儀の本番たる告別式も終わり、昨日と同じ夕刻になった。
親戚もひとりまたひとりと帰宅し、今屋敷に残っているのは私達2家族だけだ。
名残り惜しいが、そろそろ“元”に戻らねばならないだろう。
コッソリ抜けだした私は、「恵美子ちゃん」と連れ立ってあの離れへとやってきた。
ふたり並んであの姿見の前に立つ。
──けれど、何も起こらなかった。
願い事が噛み合ってないのが原因かと、わざわざ紙に「元に戻りたい」と書いてそれをふたりで声を合わせて読みあげてみても、やはり何も起こらない。
いや、鏡がほのかに光ったような気配はあるのだが、昨日の眩い光とは雲泥の差だった。
「もしかして……あたしたちの願い事で、思ったより「パワー」を消耗してるのかも」
「恵美子ちゃん」が困ったような顔で、推測を口にする。
「そんな!? それじゃあ、しばらくこのままってことなの?」
「うん、たぶん……」
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