◇とりかえばや
当面の方針が決まったところで、まずやることがあった。
あたし達は、お互いの服を交換しなければならないのだ。
もともと姉妹同然の仲なので、互いに服を脱いで下着姿になることくらいは別段気にならない。小さい頃は、この家で一緒にお風呂に入ったこともあるくらいだし。
ただ──「服を取り替える」というのは、それとはまた違う恥ずかしさがあるのも事実だった。
「ねぇ……そのぅ、下着も?」
脱いだ喪服で胸元を隠すようにしながら躊躇いがちに聞くお姉ちゃんに、あたしは意地悪くこう答えた。
「だって胸の大きさが違うもの。今のあたしにはこのブラじゃ合わないよ」
そう、喜ばしいことに、推定10年後のあたしの体には、Bカップのこのブラジャーはかなりキツかった。
ホックを外すと、ふた回り以上大きくなった乳房がぷるんと震えてブラから零れ出る。
単にサイズが大きくなっただけじゃない。
よく見ると乳輪も大きくなってるし、乳首がしっとりとベージュ色に翳っているような気がした。
自分の体なのに、もはや数分前の自分ではないことを、改めて再認識する。
逆に、お姉ちゃんの方もカップが大き過ぎてやっぱり合わないらしい。
お姉ちゃんもブラを外すと、それをあたしに手渡した。
受け取った大人っぽい黒いレースのブラジャーは、脱いだばかりで微かに熱を保っている。サイズはEカップだった。
「へー、お姉ちゃん、こんなの着けてるんだ」
これまでつけたことも無い、黒いレースの大きなブラが、今のあたしの胸にはピッタリだった。傍らの、何とかBカップという大きさの今のお姉ちゃんの胸に対して、たまらない優越感を感じる。
入れ替わりにあたしの黄色いブラをつけて、恥ずかしそうに胸の前で腕を組むお姉ちゃんは、まるっきりあたしそのものだ。なぜだか、その姿がとても可愛く見えた。
「ショーツは──いいわよね?」
確かに胸ほどヒップの大きさの差は顕著ではない。それは事実だけれど……。
「う~ん、でも、そのブラにそのショーツは合わないと思うよ?」
悪戯っぽい笑みを押し隠し、真面目な顔でそう告げる。
お姉ちゃんもそのことは分かっていたのだろう。渋々頷いた。
最初は恥ずかしそうに黒いシルクのショーツに手をかけていたお姉ちゃんだけど、覚悟を決めたのか一気に下へとずり下ろした。
対して、あたしはとくに気負わず堂々と黄色いショーツを脱ぐ。
そのまま、互いに穿いていたショーツを手渡して交換する。
当たり前の話だけど、これまで他人の下着なんて着たこともない。たとえ、友達や家族であっても、普通はそんなの気持ちが悪いだろう。
でも──なぜか、いまのあたしは心を躍らせていた。
まるで、本当に自分が栗林優美という全くの別人になったような、そんな気持ちが正常な感覚を狂わせていた。
(あぁ、さっきまでお姉ちゃんの大事な場所を守っていたものが、今度はあたしの大事な場所を守ってくれてるんだ……)
黒いショーツはあたしの股の間に隙間無くピッタリと密着して馴染んだ──まるで、最初からそこがあるべき場所であったかのように。
思わず漏れた「はふぅ」という安堵の呻きを、目の前の女性に気づかれぬよう、あたしはかみ殺した。
お姉ちゃんが着ていたワンピースを手に取る。手の中の黒衣からは、お姉ちゃんの香水の匂いが鼻をつき、それがまた微妙な興奮をあたしにもたらした。
(これを着たら、きっとあたしの身体からも、お姉ちゃんの香水の匂いがするようになっちゃうんだ……)
それでも、何とか平静を保つよう努める。
喪服なんてこれまで着たことは無かったけど、生地の手触りがほかの服と違うだけでワンピースであることに変わりはない。
意を決してお姉ちゃんの匂いが染み付いたワンピースに脚を通し、背中のファスナーを上げようとしたけど、いつもと体格が違うせいか、うまく上まで閉めることができなかった。
助けてもらおうと隣を見ると、既にあたしの制服に着替え終わったお姉ちゃんは、なぜか鏡に映る自分にボンヤリ見入っている。
「あたしに、そっくり……」
その姿を見て、あたしの口からも、思わずそんな言葉が漏れた。
「そうね……フフッ、まるで昔に戻ったみたい」
お姉ちゃんは鏡の中を見ながらそう呟いた。
でも、その口調からは、心なしか自分の今の状況を楽しんでいるような、ほのかな喜びの感情が感じられる。
「ねぇ、ファスナーを上げてくれるかしら?」
「うん、わかった」
その答え方まで、まるでいつものあたし──「高塚恵美子」そっくりだった
「これ、和也さんのお母さんにもらったものなんだから、なくさないでね」
お姉ちゃんは、先に外していた真珠のネックレスをあたしの首にかけてくれた。
ひと通りの格好が整ったので、あたしたちはふたり並んで鏡を覗き込んだ。
「うわぁ……怖いくらい、私に似てるぅ……」
あたしの隣りで、茫然と呟く少女。
若返ったせいか、その声のトーンはいつもより甲高く、どこか興奮してるようにも思えた。
「それを言うなら、貴女だってあたしにそっくりよ」
あたしもいつになく柔らかなトーンの──そう、普段のお姉ちゃんみたいな声で言い返した。
彼女の方に視線を向けたあたしは、微妙な違和感を感じた。
あたしの制服を着た彼女は「高塚恵美子」そのものだったけど、いつものあたしとは違うものを身に着けていたからだ。
逆に自分の足元を見ると、あたしもこの「栗林優美」の喪服には似合わないものを身に着けている。
「ねぇ、ストッキングを脱いで」
「えっ」
他人の下着もそうだけど、他人のストッキングを身に着けた経験も当然無い。
そもそもタイツならともかく、こんな薄いストッキングを穿いたこと自体、指で数えられるくらいだった。
あたしの穿いていた濃紺のスクールソックスを渡し、代わりに黒いストッキングを受け取る。それを、伝線しないようにゆっくりと爪先から穿いていく。
これで服装の“取り替え”は完璧なはず。
「いい? たった今から「私」は優美で、あなたは「恵美子ちゃん」よ」
「うん」
素直に返事する彼女の手にある最後のピースに、「私」は気がついた。
「その指輪……」
「あっ。そうだね」
「恵美子ちゃん」は、首飾りの時の躊躇いが嘘のようにアッサリと指輪を外し、そのまま「私」の左手をとって薬指にはめてくれる。
これで「栗林優美」の身に着けていたものは、全て「私」が身に着けている。
指にはめた指輪を見ながら、「まだ結婚もしてないのに」とおかしくなったけど、思い直す。
(ううん、今の「私」は人妻だもの。
和也さんの奥さんで、マミちゃんのお母さんの「栗林優美」──それが私)
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