◆鏡の部屋
親戚一同が集まっての夕餉の支度に、家事の技量が半人前のあたしが手伝っても邪魔になるだけだよね──と、恵美子は自分に言い訳して、誰も来ない屋敷の離れへと引っ込んでいた。
「エミちゃん、こんなところにいたんだ」
部屋の隅で壁にもたれて座り、ぼんやり俯いていたところに、突然声を掛けられ、ビクッとなりつつ顔を上げる恵美子。
「……お姉ちゃん!?」
部屋の入り口には、喪服の上着を脱いでワンピース姿になった優美が笑いながら立っていた。
「もう~、エミちゃん、さっさと隠れちゃうんだもん。聖子おばさん、怒ってたよー?」
「え? だ、だって……」
「うん、まぁ、気持ちはわかるけどね」
口ごもった恵美子を優美は「仕方ないなぁ」と言う目で優しく見ている。
こんな風に自分の気持ちを簡単に理解してくれるから、恵美子は優美が大好きなのだ。ほんの少しだけ心の中が温かくなる。
「ところで、エミちゃん、ここ何の部屋?」
優美は辺りを見回しながら、恵美子に尋ねた。
「うーん……よく知らない。あたしもここに来たの、まだ2回目だし」
前の時はお婆ちゃんに言われてすぐ出ちゃったから……と、恵美子は答える。
「へぇ~~。わ! 大きな鏡。こんなのあったんだ」
優美は、部屋の壁のひとつに掛けられた、古い大きな姿見へと近寄る。恵美子もそれに続いた。
何とはなしに、鏡の近くに並んで立つ優美と恵美子。縦横とも2メートル近くありそうな姿見は、至近距離からでも、ふたりの姿を余裕で映しだしていた。
片や、黒い喪服のワンピースを着た、20代半ばの既婚女性。
片や、藍色とベージュで構成された高校の制服を着た、ミドルティーンの少女。
顔立ちや雰囲気はよく似ていたが、その違いは一目瞭然だった。
(こうしてみると、やっぱりエミちゃんって学生時代の頃の私に本当によく似てるわ。
でも──私はもうエミちゃんのように若くはないのよね。
周りは「まだまだ学生でもイケるよ!」なんてお世辞言ってくれるけど、お肌の艶もハリも若い子には負けちゃうし……。万一、エミちゃんみたいな可愛い制服を着たら犯罪だわ。
はぁ~、できることなら、もう一度だけ女子高生になってみたいなー)
(やっぱり、お姉ちゃんって綺麗。スタイルもいいし、大人の女性だよね。
カッコいい旦那様がいて、可愛い子供がいて、仕事も順調。
あーあ、あたしもお姉ちゃんのようになれたら良いのになぁ……)
隣り芝は青いと言うべきか、どっちもどっちな事を考えているふたり。
客観的に見れば、優美は元より恵美子もかなりの美少女だし、家庭環境その他もかなり恵まれているのだが、人間、自分にないモノを見ると羨望してしまうものらしい。
──と、その時。ふたりを映している鏡が、いきなり眩い光を放ったのだ!
あまりの眩しさに目がくらみ、ふたりはそのまま床に倒れ込んでしまった。
……
…………
………………
それから、幾許かの時間(おそらくはせいぜい数分と言ったところか)が経った頃、優美は、あの部屋の畳の上で意識を取り戻していた。
恵美子のことが頭を過ぎり、一瞬不安にかられたが、彼女もすぐ隣に同じように倒れていたので、ホッと安心する。
だが、向こうも意識を取り戻したらしい恵美子が、何気なくこちらに顔を向けたのを見た瞬間、彼女は驚きのあまり言葉を失ってしまった。
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