◆祖父の死

 久方ぶりに訪れた祖父母の家、と言うか屋敷。

 しかし、そのキッカケが祖父の葬儀だと言うのはいささか皮肉なものだ。


 葬儀に参列した人々の大半が、地元のちょっとした名士であった祖父の死を悼む中、しかし、恵美子は「あー早く終わらないかな」などといささか薄情なことを考えていた。


 恵美子は、2年前に死んだ祖母にはいろいろ世話になった思い出が沢山あったが、祖父に対しては、せいぜい「お正月にお年玉をくれる人」くらいの感慨しか持てなかったのだ。

 故人の死を悲しむより、むしろ「高校生の貴重なゴールデンウイークをよくも~!」という身勝手な怒りの方が頭にある。


 とは言え、それを大っぴらに表に出さない程度の分別は、16歳の少女にもあった。


 なんとなく手持ち無沙汰なまま、ふと視線を右に向けると、隣の女性は手にしたハンカチで目尻の液体を拭いながらジッとお棺の方を見つめていた。


 黒一色のアンサンブル姿の彼女──従姉の優美は、同性である恵美子の目から見てもプロポーション抜群だ。出るところは出ていて締まるところは締まっているのが、歳相応よりやや幼げな体つきの恵美子には羨ましかった。


 知らない人が道端で彼女を見かけても、誰も一児の母親とは思わないだろう。下手したら女子大生に見られてもおかしくない。

 それでいて、ワンピースの裾から伸びる黒いストッキングに包まれた脚は、ほっそりしていながら確かに大人の色気を放っている。同性ながら恵美子は知らずしらず見とれてしまったほどだ。


 「それにしても……恵美子ちゃん、優美の若いころにソックリよね」


 初日の通夜がひととおり終わり、沈んだ気分を払拭するかのように親族一同が屋敷の居間に集って世間話に花を咲かせている中、伯母の由梨がそんな言葉を漏らした。


 「全部似てるならよかったんだけどねぇ。この子、いくら外見が優美ちゃんに似てても、頭の方はからっきしなのよ」


 笑って答える母親に恵美子はちょっとムッとしたが、それでもその内容自体を否定はできなかった。


 恵美子は、昔からよく従姉である優美と似ていると言われていた。

 憧れの従姉に似ていると言われると、幼いころは素直にうれしかったが、成長するにつれ、それにコンプレックスも感じるようになった。


 端的に言うと、優美は才色兼備な女性だった。

 高校生の頃の成績は、いつも学年でもTOP10内を保っていたし、大学も近くの国立大の法学部に現役で一発合格したのが、母である由梨の自慢話の一つでもあった。


 もっとも、大学を卒業した優美が選んだのは高校教師の道で、将来は弁護士か検事になるのではと期待していた両親の思惑を見事に外すことになるのだが。


 とは言え、法曹ほどではないとは言え、高校教師という職も、こんな田舎ではそれなりのステータスを持つ。

 恵美子は、母親である聖子にいつもそんな従姉と比べられていたため、優美という存在がある種のプレッシャーの元凶にもなっていた。


 とは言え、優美のこと自体を嫌いだったわけではない。むしろ大好きだった。

 ひとりっ子の恵美子は優美のことを実の姉のように慕っていたし、優美もまた恵美子のことを年の離れた妹として可愛がっていた。


 恵美子が教育学部を志望しているのも、そんな優美への憧憬からだ。

 そのことを知った優美は、頑張れと励まし、勉強の相談にも乗ってくれた。


 「エミちゃんは、「まだ2年生になったばかりだし」って思うかもしれないけど、受験の用意は早めにしておいた方がいいわよ?」


 電話でそんなアドバイスもくれる優美のことを、恵美子は学校の教師達より余程頼りにしていたのだ。


 しかしながら、やはり持って生まれた才能による差異というヤツはあるのか、恵美子の成績はいまひとつ芳しくなかった。

 下から数えた方が早いわけではないが、せいぜい中の上。優美の忠告もあって手は抜いていない──それどころか、彼女の人生でかつてないほど真面目に勉強しているのに、成績はかろうじて微増傾向にあるか……といった程度だ。


 そんな自分が、恵美子は歯がゆかった。

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