Chapter.2『記憶は嘆く』
──『……全員助けるって、約束したのに』
言葉が聞こえた。妬むような言い方。
気付けば俺は、火の海と化した、どこかの村におり、その中心で、見覚えのある人物たちに、嫌味のような言葉を投げ掛けられていた。そこには、リンリンと瓜二つの少女もいる。
『……確かに、最初は英雄だったよ。でも、あの件で見損なった。お前は、口だけの英雄なんだ』
覚えのないことばかり言われる。目の前にいるのが誰なのか、思い出せもしない。
『どうせ、アンタはまた、同じ過ちを犯す。今は分からなかったとしても、いつかは思い出して、また村を滅ぼすだけなのよ』
……知らない。知らない、知らない、知らない。それは俺じゃない。俺のせいじゃない。
やめろ、俺をそんな目で見るな。俺は悪くない。俺は何も知らない。知るわけがない。身に覚えなんてないんだ。
言葉にしようと口を開くが、声は出ないまま。
──ボォンッ!
激しい炎が爆発に代わり、目の前から人影が消える。そのタイミングで、俺の視界が部屋の天井に切り替わった。
「……ぁっ……!」
酷い冷や汗。外からは月の光が差し込んでおり、今が夜中であることを知る。
「……また、この夢か」
《ギルド》に拾われた時から、同じ悪夢を稀に見る。昔こそ、何のことだか分からなかったが、今となってはわかった。あれは、俺が、確かに訪ねた村。だけど、その時の記憶はない。
でも、確かに覚えているんだ。人の顔と、声を。名前までは分からなくても、本能的に。
俺は、包帯でグルグルに巻かれた右腕を見つめ、握って開くを繰り返す。
「……まだ、本当の任務は終わってない」
あの村には、また訪れなければ。なぜ、キョンシーが生まれたのかも、失踪した人達はどこにいったのかも、まだ何も分かっちゃいない。
俺は、痛む体を無理矢理起こしては、訓練場へ向かった。
◇◇
翌朝。俺は、治療医のコメルから怒号を浴びせられる。
「ただでさえ大怪我なのに、何訓練してるの!」
密室の椅子に向かい合わせで腰掛け、目の前にいるナース服のピンク髪ショートが激しく揺れたのを凝視した。年齢的には俺より上のはずなのに、身長はこっちが高い。
「……いや、早く任務に戻らなきゃだし」
「内臓が傷付いてんの! 肋が六本折れてんの! 腕切断ギリギリだったの! わかる!?」
「それくらいかすり傷……」
「……はああぁあ!? 神経逝ってるんじゃないの!?」
朝からよく騒ぐ人だ。上の空で聞き流していると、背後の扉が開き、チャイナガールが現れる。
「どうしたの……? 大きな声が、廊下まで聞こえてきたんだけど」
「……あ、リンリン」「リンリンちゃん!」
名前を呼ばれて、困惑するリンリン。あの後、リンリンは基地で生活を過ごすことになり、確かな安全が保証された。だが、心の傷は深いらしく、カウンセリングを頻繁に行わなければいけないらしい。
「……ねえ聞いて! この馬鹿兎、大怪我の状態で訓練してたの! こいつ、いい加減ぶん殴っていいかな!?」
「……いくらタフとは言え、大怪我で訓練はまずいわね。先生、殴っていいわ」
「だよね!」「……はあ」
馬鹿げた会話に、俺は溜息を吐く。まだ何も終わってなくて、とても笑える自信はない。リンリンの安全こそ確保できたが、それだけでは終わってくれないのだ。
「……まだ、任務が残ってるんだ。許してくれ。また村に行かなきゃいけない」
俺の真剣な言葉。訓練をした理由を言うと、コメルとリンリンの表情が硬くなる。リンリンは不安そうに声のトーンを落とした。
「……私も、着いていく」
「……君は連れて行けない」
「……なんでよ? 皆、消えたの。ウサギまで消えたら、私は、どうすれば良いの……?」
もう、誰にもいなくなってほしくない。そんな彼女の思想を知っているからこそ、彼女を置いていくのには罪悪感がいる。
「……任務は、死との巡り合わせなんだ。俺は、記憶をなくしているし、いなくなったところで、誰も悲しまない。でも、君は、リンリンは違う」
「……何も、違っていないんじゃないかな」
独りよがりな言葉を吐くと、コメルが否定。
「……は?」
あれだけ拒絶されていたんだ。俺は。英雄という呪いがある限り、俺は誰からも必要とされない。
「…君の後ろにいる子の顔を、見てみると良い」
「……?」
振り返れば、不安そうに俺の服の裾を摘まむリンリンの姿が。俺はそんな彼女を見て、表情に目を向ける。その顔を見れば、涙を浮かべており、思わず瞳を大きく揺らした。
「過去のトラウマを思い出してきて、自己否定しているのは分かる。だけど、今の君を、心配する人だっている。それは、リンリンちゃんと何も違わないことだよ」
「…………それでも、任務には連れて行けない」
危険な目に遭わせるわけにはいかない。彼女は保護するべき対象だ。
「私だって、危ないことぐらいわかってる。だけど、ウサギは、私を救ってくれた《英雄》なの。ウサギを少しでも、助けてあげたいのよ……」
「……っ゛」
《英雄》。その言葉に、頭痛が走る。記憶の断片が、また蘇ってきた。
前の村とは違う、その隣にある村で、俺は、リンリン似の少女に引き止められている。
『一人で行かないで。私にも手伝わせてよ』
「……危険が伴う。君はすぐに避難しろ」
『危ないことぐらい、わかってる! でも、あなたは私達の《英雄》なの。少しでも、助けさせて』
やはり、言動全てが似ている。フラッシュバックが停止してから、俺はリンリンにあることを聞いた。
「……リンリン、村の皆が言っていた《英雄》のことを、知っているか」
「……? ええ。昔、私が生まれる前の話、隣の村をキョンシーの大群から救った英雄がいるって言い伝えが残ってるわ。丁度その時、私のおばあちゃんもいたらしいの」
その言葉を聞き、俺は瓜二つの少女の正体を理解する。
「その後の、《英雄》の話、知ってるか……?」
「…………森の外の人間が、山火事を起こして、村を消毒しようと考えた。英雄は、全力で阻止しようとして、結果、間に合わなかった。その後、絶望してどこかへ消えていった」
やはり、リンリンには全部話していたのだろう。俺は、今まで認めてこなかったことを、ついに口にする。
これは、リンリンの心配を無くすため。
「……その《英雄》は、俺だ」
その言葉に、コメルも、リンリンも、目を大きく見開かせた。コメルは、俺が認めたことに驚いているのだろう。
「……何、言ってるの? こんな時に、ふざけないで。だって、これはまだ、私が生まれてない時で、ウサギだって、まだ!」
「……俺が、君のおばあちゃんを、隣の村の皆も、殺した」
もう、言い逃れできない。だって、思い出してしまったのだから。自分の非は認めるしかない。
「……本当、なの?」
その問いかけに、俺とコメルは頷いた。
「…………こんな奴、心配する価値もないだろ」
俺は椅子から立ち上がり、静かに部屋を出て行く。今になって思い出した、自分の罪が想像以上に重たく、俺は動悸のようなもよを呼吸で納め、
二ヶ月間、リハビリに励んだ。
そして、スーツを負担が掛からないように改良して、何とか復帰。俺は新しい白兎のスーツを身につけ、ご愛嬌のダイヤ色の小さい瞳を輝かせる。そして、司令官に呼び出しを受けた。
「……エリアさん、どうしましたか」
彼女は長髪の白髪を揺らしながら、俺の目の前まで近付いてくる。
「……まずは、復帰おめでとう。コードネーム《ウサギノ》。お前に、大事な話があるんだ」
それを聞いて、俺は息を飲む。コメルによって、俺が過去を思い出してきたことはエリアの耳に伝わっている。恐らく、そのことだろう。
「過去の話、ですか」
「ああ、その通りだ。少しずつ、思い出してきたんだろう?」
それがなんだと言うのか。
俺は頷き、耳を傾ける。
「……不思議とは、思わないか?」
「……何が、ですか」
エリアはそう問いかけると、棚から、ある道具を取ってきた。それは、注射器のようなもの。
「……どうしてお前の記憶が消えたのか、どうして、私達がお前を拾ったのか……。なぜ、部外者が、村の事件のことを知っていたのか」
「…………冗談、やめてくださいよ」
それだけは考えたくない。それだけは洒落にならない。なのに、エリアは言葉を止めなかった。
「お前を、《ギルド》の最強兵器として、成長させるためだ──」
その言い草は、まるで自分たちが仕組んだよう。エリアの微笑みに、これ程までの不信感を覚える。それよりも、本能的な怒りが、メラメラと湧いていた。
「……俺の記憶を消したのも、村に炎を起こしたのも、全部、お前らの策略だって、そう言いたいのか……!?」
「……ああ、そうだ。全部、思い出したか?」
今度は頭痛なんかでも、フラッシュバックなんかでもない。頭の中にあった、透明だったものに色が付き始めたみたいだ。
今までの会話も、行動も。英雄だった頃の俺の名前も、全部脳みそに入っていた。
「…………この、イカれ野郎……」
記憶は形に。本能は復讐に。
全てを思い出した俺、《ウサギノ》は。いいや、《コードNo.100-ヒーロー》は、エリアを強く睨み、その部屋から出て行く。
「……準備ができたら、車に乗──」
「うるせえ、さっさと行くぞ……!」
廊下で待っていたシーゴ。俺は言葉を吐き捨て、車に乗り込む。変わり果てた俺に、シーゴは動揺を隠せない。無言のまま車が発進し、俺は怒りに満ちた声で呟いた。
「俺は《ギルド》の思惑通りには行かない。村を救って、リンリンを家に帰す。そして、俺は《ギルド》を辞める──」
これが俺にとっての《ギルド》最後の任務。
かつての《英雄》は復讐に燃えて、前の兎は彼方へ消えた。
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