『HERO-VILLAGE』
詩羅リン
Chapter.1『一人の英雄』
『0.プロローグ』
あれは、三年前。俺は、火の海と化した村を見て、その場で座り込んでいた。
どうして自分がここにいるのか。
自分の名前は何なのか。
なぜ村が燃えているのか。
自分とは何なのか。
何一つ、覚えていない。だから、目の前の光景を見ても、何も感情が湧いてこなかった。
結果。翌朝に、
『0.プロローグEND』
◇◇
窓に映る景色が、マッハの速度で視界に入っていく。目まぐるしく変わる景色に、飽き飽きしながら、香ってくる煙草の匂いに溜息を吐いた。
「俺、未成年なんだぞ。車内で煙草は、やめてくれないか?」
助手席の隣、運転席で煙草を吹かすスキンヘッドの男に文句を言いながら、俺は外の景色を眺める。
「これは俺の車だ。何しようが勝手だろ。それに、今までだって、吸ってきてただろ?」
「……はあ」
彼の口から飛び出たのは屁理屈のよう。俺は脱力感を感じ、自分は呆れているのだと認識する。
「そんなことより、こんな山奥まで、どういう任務なんだ? そんな格好までしてよ」
外の景色は木が並ぶ山道。酔ってしまいそうな道だが、もう慣れている。サイドミラーから覗く自分の容姿に目を向ければ、黄土色の兎がそこにいた。不気味とも言えて、黒一色で出来た目のパーツから、ダイヤ色に輝く、小さな瞳がこちらを覗いている。
「……ある村で、失踪者が相次いだ。その事件についての調査だ。村長が、俺のことを英雄だって、ずっと指名し続けたらしい」
「英雄」と言われても、俺はその村と関わった記憶はない。記憶は忘却の彼方にあり、仕方なく、任務内容だけ聞いてきただけだ。
「そうか。お前、記憶喪失だったもんな」
「……だったら、なんだよ」
運転手の言葉に、心が揺さぶられる。無意識に冷たい言葉を返して、誤魔化すように、支給されたハンドガンに弾をセットし、トリガーを引いた。
「……別になんもねえよ。ってか、そろそろ着くぞ」
「……ああ。送ってくれてありがとな」
車が停車し、俺は扉を開ける。マスク越しに伝わってくる臭いは酷い泥の悪臭で、鼻が曲がってしまうのではないかと思うほど。
地面に足を付いて、扉を閉め、早速、辺りを見渡してみる。瞬間、まだ、何も捉えられていないタイミングで、頭痛が俺を襲った。
「ぅっ……」
脳内でフラッシュバックされる。存在しない記憶。かつては、存在していたのだろう。
脳に映されたのは、木とレンガで建築された家が並ぶ村。たいまつが置かれた付近で、顔に札を貼った二足歩行が、こちらへ跳んできているのが見えた。
その後、俺に襲いかかる寸前で頭痛が止み、視界が現実に戻ってくる。
「……はぁ、だから嫌だったんだ」
気が付けば、車は無くなっており、さっきの村が、目の前に広がっていた。あの札の奴は、どこにも見当たらない。
「……ひとまず、村長を訪ねてみるか」
俺はハンドガンを構え、他の家よりも、一回り大きい家の扉をゆっくりと開けた。
「失踪事件についての調査で来た、村長はここにいるか……っ?」
瞳に映されたのは、真っ暗な一室。俺は、スーツの手首、血管辺りからライトを点灯し、机の下に向ける。
すると、そこには自分と同い年くらいの少女が、震えながら蹲っていた。
「……だ、誰よ……!」
強気な少女は、チャイナガールの見た目をしており、両目の涙袋の外側には、丸く赤い化粧が入っている。肌は、白く塗られていて、整っている顔立ち。鋭く、綺麗な血色の瞳をしていた。
「……俺は、
「……と、特殊部隊? ウサギ?」
少女は酷く怯えていた様子だったが、自己紹介を聞くと、少しずつ落ち着きを取り戻す。俺は中に入って、扉をゆっくりと閉めた。
「……呼び方は好きにしていい。ところで、君は? 他の村の皆は知らないか?」
家の中で目を泳がせても、彼女以外に村人が見当たらない。
「……私は、リンリン。村の皆なら、英雄様を呼びに行くから、ここで待ってろって。それっきり、帰ってこなくなって」
「……そう、か。ということは、この村にいるのは、君だけなのか……」
俺の言葉に、リンリンは瞳を激しく揺らす。手の震えが、強くなり始めている。
「……い、いや……。いやだ……!」
「……だ、大丈夫だ……! 必ず皆は連れ帰る。君の安全も、俺が保証する!」
小動物みたいな表情で涙を浮かべるリンリンは、言葉を聞き、安堵して、俺に問いかけてくる。
「ほ、本当に……?」
「……本当だ。まず、村の皆がえいゆ……助けを求めに、どこへ向かったか、分かるか?」
「……どこ、えっと、村の展望台。通信できるところが、あるの。そこに、皆で向かっていって……」
家の中は、少なくとも安全なのだろうか。にしても、少女を一人だけ家に残して、村の全員で展望台へ向かう必要があっただろうか。
「わかった、教えてくれてありがとう」
またしても震えるリンリンの両手を見て、俺は近づいて、しゃがみ込み、硬いグローブで優しく包み込む。そして、俺は「大丈夫」と言わんばかりに頷いた。
机を退けた後、リンリンの手を引いて、一緒に立ち上がる。
「……ど、どこに、行くの……?」
俺は彼女をおんぶして、スーツの補強ロープで止める。これで、手が塞がることもない。
「……展望台だ。もし怖いなら、目を瞑ってて良い」
俺はハンドガンを強く握りしめ、家の扉を蹴破る。瞳に流れ込んでくる景色は、綺麗な星が溢れた夜空。いつかの記憶に登場する札の二足歩行ーーキョンシーが、大量に彷徨い歩いていた。
「……そろそろ、来ると思ってた。ありがとな、いつかの自分」
俺はハンドガンの引き金に指を掛け、銃口の向きを変えながら、思いきり発砲する。
──パァン! パァンッ!
重い鈍器の音が鳴り響き、鋭利な銃弾が、キョンシーたちの頭を貫く。しかし、倒れ込んですぐ、起き上がり始めて、またこちらへ跳んできていた。
「きゃっ……!」
すぐそこ、耳元から、リンリンの悲鳴が。俺はスーツの瞬発力装置でキョンシーを躱し、右に曲がったところの坂で、頂上目掛けて、一気に駆け上がった。
前方を見てみれば、こちらにも大量のキョンシーが。俺は左の腰から戦闘用ナイフを取り出し、構える。右手でキョンシー数体の頭を貫き、その後、左手でナイフを残りの数体の一人の額に、思いきり突き刺して抜く。
「スイッチ!」
その後、俺の言葉にハンドガンの黒いパーツが外れ、空中を舞い、姿をショットガンに変形させる。すぐに持ち手を握り、一纏まりになるキョンシーたちを瞬間的に撃ち飛ばした。
「よし、道が開けた。しっかり掴まれ!」
この時間、キョンシーが起き上がる前に、装置を起動し、俺は一気に頂上まで登る。
「あれ! 展望台……!」
リンリンの声に、視野を広げた。奇妙な鉄塔で、周りにはキョンシーだらけ。しかし、その全員が、村人の服を身に纏っていた。
正直、考えたくはないが、恐らく、村の皆は、既にキョンシーになっている。
俺はリンリンがこのことに気づき、心を傷付けないように、螺旋階段を登るのを諦めて、腰の両サイドからロープを伸ばし、屋上の柵に引っ掛けた後、一気に跳び上がった。
「……!?」
一瞬のことで理解できなかったのか、リンリンは目を丸くするが、俺は構うことなく、そのまま柵に掴まって、屋上に立ち尽くす。
目の前に現れたのは、大きな双眼鏡と、高くまで伸びているアンテナ。そして、足元には不気味な目玉が転がっていた。俺は、目玉を拾い上げ、力強く握り潰してみる。
「オ゛ァァァァア゛!!!!」
遠くの方から、悲鳴のような雄叫びが。俺は、双眼鏡で声の方向を確認してみる。
「……何が、見えるの?」
覗いた先には、一つの大きな屋敷。その屋上で、月に向かって雄叫びを再度上げる、巨大な化け物の姿が。恐らく、あの目玉はあの化け物とリンクしていたのだろう。
「……何もなかった。悪いが、ここで待ってていてくれるか?」
分かりやすい嘘を付く。恐らく、あの化け物は全ての元凶。あれを倒せば、村の住民が、元に戻るかもしれない。
「……嫌、もう、一人になりたくないもの。それに、嘘が下手過ぎるわ」
「……寂しがり屋か? 正直、俺は君を守りきれる自信がない。ここにいれば、確かな安全は保証できる」
あのサイズ。恐らく俺は、無傷は不可能。彼女を連れて、もし危険な目に遭わせてしまった時、助けられる気がしない。だから、屋上でロープを張り、キョンシーが入ってこれない状態を作ってしまうのが、最善策。
「……それでも、私は行く。自分の命は、自分で守れるわ。私を、ただの女の子扱いしないことね」
「……任務は、遊びじゃない」
どうしてこの少女はわかってくれない?
自分の命が、危険に晒されるというのに。
わがままな彼女に、頭を抱える。そんな状況に、どこか、懐かしさを感じた。
「そもそも、あなたの任務は、村の失踪事件の調査でしょ? 私を助ける義務なんて、どこにもないわ」
「…………」
前にも聞いた気がする、この言葉。
自分のことを大切にしない、身勝手で不器用な優しさ。そんな言葉だったからこそ、助けたのだと、本能的に伝わってくる。
──記憶が忘れていても、心は覚えていたのだろう。
鉄の足音が鳴り響き、俺は視界を移す。キョンシーが階段を登り、すぐそこまで近付いてきていた。
もう引くに引けない状況。このまま連れて行けば、リンリンを守り切れる保証はない。そのまま、判断ができず、悩み続けていると。
「へっ……!?」
次の瞬間、誰かに背中を押された。
それは、リンリンなはずがない。背中に抱えているから、押せる訳がない。
訳も分からず、俺は瞬発力装置を起動して、宙に向かって跳ぶ。屋上を振り返ってみれば、そこにはリンリンと瓜二つの少女が。
一瞬だけ、こちらに微笑んで消えた。
「なんやかんや、従ってくれるのね」
「……いいや。従ったんじゃない、任務を変更しただけだ」
俺は落下しながら、ロープを木に引っ掛け、屋敷までスイングしていく。
もう、今の俺に迷いはない。背中を押されてから、不安などは消えていた。
「……そういえば、俺の背中、蹴ったりしたか?」
スイング途中、リンリンに問いかける。屋敷はもう、目の前まで来ていた。
「? 私は何もしてないわよ? 勝手に、あなたが跳んだじゃない」
「……そっか」
俺は屋敷のとある部屋の窓を突き破り、中に侵入する。すぐそこには、キョンシーがおり、すぐさま襲いかかってくるので、俺はすぐにショットガンで吹き飛ばした。
「……この建物、崩れたりしないよな?」
俺は建物の頑丈さを確かめるため、天井に向かってショットガンを放つ。しかし、かすり傷すらなく、かなり頑丈なのを確認して、部屋に鍵を掛けた。
「リンリン、君はここにいろ。ここなら、キョンシーは入ってこれないはずだ」
俺は、スーツの胸ポケットからバリア装置を取り出し、四つ角に置いて窓から出て、壁に張り付く。そして、装置を起動させた。
「……また、一人なのね」
「……安心しろ。俺は必ず、帰ってくる」
不安な表情をするリンリンに言葉を投げ掛け、俺は屋上まで張っていく。そして、屋上に辿り着くと、巨大な手が俺に襲いかかり、瞬間的にジャンプして躱した。
「……デカすぎやしないか?」
目標の弱点と思われる箇所は、三箇所。背中から飛び出す目玉と、手から飛び出た風船のような物。そして、恐らく、村人をキョンシーにしたであろう卵。あそこから、各地にウイルスらしき緑の煙を飛ばしている。
「……AIモード、セーブオン──」
視界が緑色に変色し、体が勝手に動き出す。瞳はダイヤ色からエメラルド色に変わっており、気付けば目玉をナイフで潰していた。
「ォ゛ァァアァアァァァ゛ッ!!!!」
近距離での雄叫び。鼓膜が破れてしまいそう。AIモードが解除され、風圧に耐えながら、俺は手に掴まって、ショットガンで風船のような物を破裂させた。
「ァァァアァァァアァァァァ゛……!!!!」
破裂した風船から、更に手が生え、俺を握り潰そうとする。ギリギリで躱すが、マスクが半分壊され、視界に違和感を覚えた。俺はすぐに立て直し、レンガの瓦礫に足を引っ掛ける。
化け物を見てみれば、姿が変異していて、巨大な狼が、咆哮を上げた。卵は、喉元に貼り付いている。
「修復機能……!」
呼吸を整え、傷む額の半分に悩まされながら、スーツに命令した。しかし、右目の方が真っ赤に光り、【修復機能破損】のメッセージが。
「アォォォォォ゛ッ……!!!!」
瞬き一瞬、俺は巨狼の拳に吹き飛ばされ、スーツに切り裂き後が付く。ギリギリで瓦礫に掴まり、針を刺したような腹部の痛みに耐えて、何とか屋上に膝をついた。
「ぁ゛ぁっ……」
内臓が切り裂かれた。肺と心臓は裂けたが、致命傷は避けられない。
「こんな、ところでっ゛……!」
後、一箇所。そこさえ破壊すれば、全てが終わる。この村も、彼女も、救われるはずだ。
「まだ、死ねないよなぁっ゛……」
俺は、英雄じゃない。ただ、記憶をなくしただけの兵器。だからこそ、与えられた任務は全力で遂行する。
俺は銃を捨てて、グローブの追撃パーツを思いきり下げる。次の瞬間、グローブの隙間部分にダイヤ色の光が流れ、煙が上がった。
俺は、ギシギシと拳の骨や肉を抉られる痛みに耐えながら、ロープを狼の喉元に引っ掛けて、足の瞬発装置を出力オーバーで作動させ、一瞬にして間合いを詰める。
この一撃で俺が耐えられるのはレベル4。今使っているのは、レベル6だ──。
強烈な一撃が、六回もの追撃が、喉元の卵に入り、破け始める。
「グランダ・ブローォオ゛──!!」
瞬間、右腕に激痛が走り、卵の中に入っていた緑の煙が、夜空に吸い込まれるように、消えていった。
同時に、一匹の狼の死骸が足元に転がる。流れるように、俺もそのまま、前のめりに倒てしまった。
◇◇
何か、声が聞こえる。
さっきも見た顔が、目の前にある。
『私を、この村を救ってくれて、ありがとう』
あれ、無事に救えたのか、俺。
生きてたんだな、俺。
任務を完了し、安堵した後、眠るように瞳を閉じる。すると、こんな言葉が聞こえてきた。
『貴方は、私の英雄よ。よく、頑張ったわね──』
次の瞬間、俺の瞼が開かれ、リンリンの顔が目の前に現れる。
「心配させないでよ……」
リンリンの瞳には、涙が浮かんでおり、俺は困惑する。空を見たはずが、天井が目に映った。穴が空いていて、恐らく、俺は落下してきたのだろう。
俺は体を起こし、すぐに辺りを見渡しす。
「もう朝か、キョンシーは? 村の皆は、元に戻ったのか……?」
俺がいたのは、屋敷の一室。リンリンの膝で眠っていたようで、朝日が登り、屋敷の周囲を包囲していたキョンシーたちが消えている。
「……皆、消えたわ」
その一言、俺は罪悪感を抱く。すぐに謝罪しようと、土下座のポーズで手を突くと、右腕に激痛が走った。
「本当に、申し訳なぁ゛……!」
すぐにグローブを外してみれば、右腕は拳に掛けて、血だらけ。骨が折れる寸前と言っても良い状態だった。というか、折れていても、おかしくなかった。
「……謝らなくていい。あと、止血はしたけど、右腕はどうにもならなかったわ。内臓だけは、何とかなったけど」
「……手当て、してくれたのか」
涙を指で拭って、俺に頷くリンリン。彼女の瞳に映った自分は、まだ幼い、リンリンと同い年くらいの少年だった。
「……ええ。仮にも、村長の娘である私を守り抜いた《英雄》よ」
「……英雄。俺、が……?」
記憶がなく、別人のことのようなのに、皆は俺を英雄と呼ぶ。それが嫌で、ずっと否定してきた。なのに、彼女から言われたその単語に、俺は嫌気がしなかった。むしろ、単調な喜びだけを感じている。
「……照れ臭いから、二回はもう言わない。立って、早く私を安全なところに連れて行きなさいよ」
それから、俺は何とか頑張り連絡し、リンリンと共に、特殊部隊の施設へ戻った。
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