第3話 竹月かぐや

 ◆◆◆◆



「 痛 た た た た ぁっ! 死 ぬ ぅぅぅ―――っ! 」



 マンションのリビングでわたしは、アイドルコーディネーターである あかねちゃんから地獄のような柔軟体操を指導されていた。


「――これくらいのストレッチで、弱ねを吐くな―――――」


 脚を開くわたしの背中をぐいぐいと押してきた――。


「 ぐぎぃぃ―――死ぬぅぅ―――― 」


 一瞬、走馬灯が頭の中をよぎったとき、


  ピ ―― ン ポ ―― ン 


 救いのチャイムが鳴り響いた。


「おっ! 来たきた!」


 ぐったりとするわたしを置いて、玄関に向かって行った。


「よく来たね、『かぐや』。入って入ってぇ」


「お邪魔します……あかねさん……」 


 玄関からリビングに、チャイムを押した人物が姿を現した。


「――っ!」


 見た瞬間、わたしは驚きのあまり心臓が停止しそうになった。


「あ、あなたは――っ! 【竹月 かぐや】ちゃんっ! ど、どうしてここに……?」


 困惑するわたしの前に、雑誌やCMで活躍中の中学生モデル【竹月 かぐや】ちゃんが立っていた。


 長い黒髪に、すらりとした綺麗な体型で、中学生とは思えない貫禄を感じた。


 ゆっくりと近づいて来て、わたしの顔をじーっと見つめてきた。


「な、なにかな……?」


 ドキドキするわたしに、小さくつぶやいた。


「 見 つ け た 」


「へっ?」


 後ろから『肩を、ガシッ』とつかまれた。


「じゃあ、ストレッチを再開しようか……」


 いじわるな笑顔で あかねちゃんが背中をぐいっと押してきた。


「 ぎ に ゃ あ あ あ あ あ あ ッ! 」


 そして地獄のような柔軟体操が再開された。

 

 ◆◆◆◆


「はあ、はあ、はあ……」


 わたしは息を切らせて、大の字で倒れ込んでいた。


 アイドルコーディネーターである あかねちゃんは無慈悲な言葉をつげる。


「じゃあ、準備運動は終わり。本格的に【アイドルカードバトル】の練習に入ろうか」



【アイドルカードバトル】とは、歌 ダンス カードゲームを合わせて行う、複合エンタメ競技である。

 最新鋭の技術によって、ホログラム映像で、歌って踊ってカードバトルする、華やかな戦いの演劇を行うのだ。



「ぜぇ、ぜぇ……」


 汗だくでひたいぬぐった。

 練習が本格的に始まって1時間ほど経過した。

 息を切らすわたしに、あかねちゃんは嬉しそうに。


「うん。歌も昔 教えたとおり基礎もできてるし、ダンスもなかなかセンスがいいよ♪」


「ほ、ほんと!」


 アイドルコーディネーターあかねちゃんに褒められて、嬉しさが心にあふれた。


「カードバトルの部分は教えなくても昔から強かったし。いま一番あなたに必要なのは――『 度 胸 』ねっ!」


「ど、度胸……?」


「度胸がなくちゃ、最初の一歩も踏み出せない。ステージにもまともに立っていられない。ピンチのときも前に踏み出せない。アイドルに必要なのは、度胸と根性よ!」


「ど、度胸と……根性……」


 ごくりとつばを飲み込み、瞳をキラキラと輝かせた。


「それがぁ、カードアイドルの『必殺技』ですねっ♪」


「そうそう♪」


「じゃあ、次はあたしの出番ですね……」

 

「か、かぐやちゃん……!」


 ずっと側でトレーニングを見守っていてくれた『竹月 かぐや』ちゃんが、椅子から立ち上がり近づいて来た。


 彼女は、国民的アイドルでモデルの母親と、世界的なカメラマンの父親を持つ、わたしとは別世界の人間だ。

 あかねちゃんとは知り合いのようで、わたしのカードアイドル修行のために わざわざ来てくれたのだ。


「い、いったい、かぐやちゃんが何を教えてくれるの?」


 ドキドキするわたしの横を通り抜け、ソファーに置いてあったバックからカメラを取り出した。

 モデルを撮るような『高性能なカメラ』だった。


「カメラ……?」


 キョトンとするわたしに、カメラを構え。


「はい、笑顔」


「えっ?」


「ほら、撮るから笑ってみて」


 初めて人から撮られる。

 それが、あの憧れの竹月 かぐやちゃんだと思うと、笑顔をうまくつくれない。


「表情が硬いよ……」

 

 近づいてきて、両方のほっぺをかるく引っ張っられる。


「むにぃ〜〜(困)」


 困惑するわたしの瞳をのぞき込み。


「あなたには、あたしの『モデル』になってもらう」

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