第2話 シャンプーおばけ
リュウくんがマキちゃんと一緒にやって来た。まだ四時、いつもより早い。リュウくんは、スースーの孫、小学校四年生だ。
私、
「まだおばあちゃん帰れないんだよ。勉強しててくれる」
リュウくん、
「そうじゃないよ。マキちゃんを連れて来たんだよ。先生に診てもらいに。目が痛いんだって」
成長したものだ。特別支援学級に通うリュウくんが、児童館ののびっこクラブで開かれる囲碁教室に通い出してから、急に集中力がついて来たなと感心していたら、いつの間にか他人のことまで心配できるようになっている。私の目にちょっと熱いものが込み上げて来る。
囲碁教室を開いている関さんのお孫さんが、五年生のマキちゃん。いつもなら診療の終わる五時に合わせて、彼女がリュウくんを医院まで送ってくるのだ。
そこへスースーが顔を出して話しかける。
「マキちゃん、三階の眼科じゃなくていいの」
マキちゃん、
「眼科には通っているけど、よくならないんです」
リュウくん、大きな声で割り込んで、
「だってシャンプーおばけが悪いんだもん」
更に続けて、
「マキちゃん、一人でお風呂なんだけど、シャンプー始めると後ろに誰か立っているから、目が閉じられないから、シャンプー目に染みて、目が真っ赤になるんだって。結局、おばけなんだよ」
本当だ。マキちゃんの両目が真っ赤だ。
診察室からシンレイ先生の声、
「おーい、こっちに入って。先生がいい目薬出してあげるぞ」
ピント外れな先生の言葉に、私が大きな声ではっきりと言う。
「目薬出したって効くもんですか。おばけよけスプレーでもあれば別ですけど」
先生、
「ありゃりゃ、まずまず、こっちこっち」
と手まねきする。スースーが二人の背中を押して、診察室に入って行った。
一応マキちゃんを受診者として受け付けた。市の助成制度で自己負担ゼロだけど、先生が薬を処方するかもしれないし。
マキちゃんの電子カルテに、AI文字起こしで診察室の会話が打ち出される。リリナがなかなか上手くやってくれている。リアルタイムで打ち出される会話文を見ていると、皆の表情まで見える気がするから驚きだ。
マキちゃん、
「五年生になってから、一人でお風呂に入ってるんだけど、ある時シャンプーのときに私が両手で頭を洗っていたら、誰かが背中に垂れた私の髪を持ち上げて洗い出したの。エッて目を開けて後ろをむいたら、誰もいなくて、背中に髪がパチャッと落ちてきて、それでギャッとなって」
リュウくん、
「ええっ、オッカねぇ」
先生、
「そりゃびっくりするわ。見えないおばけ、かってにマキちゃんの髪を洗ったんだね」
そして続けて、
「ちょっと待てよ。そのおばけ、とっても親切とも言えるぞ。そのまま洗ってもらったら。マキちゃん楽じゃないの」
そう来たか、シンレイ先生。
リュウくん、
「変なこと言わないでよ、先生。髪洗いババアと一緒にお風呂に入りたい子供いないでしょ」
リュウくん、そのとおりだよ。
先生、
「えっと、そのおばけ、ババアなの」
リュウくん、
「そりゃそうでしょ。女の子の髪を洗うジジイなんていないでしょ。ジジイじゃただの変態だ」
リュウくんわかってるね。
マキちゃん、
「髪を触られたのはその時一度だけなんだけど、それからもシャンプーのときにいつも誰かが後ろに立ってる気がして、目をつむれなくなったんです。それで目が真っ赤になってきて」
そりゃ大変だ。
先生、
「妖怪、髪洗いババアは髪を洗うのをやめたのか。でも、黙って立っている。じゃ、そこはほっといて、シャンプーの時にかぶる王様のカンムリみたいのあるじゃん。あれだめかな。それとか、水泳用のゴーグルは、どう。結膜炎治ると思うけど」
そうはずしますか、先生。
リュウくん、
「先生、そういうことじゃないでしょ。マキちゃんは、おばけにいなくなって欲しいんだよ」
リュウくん、フレーフレー。
シンレイ先生、
「だったら、那須ユゼン神社のお守り効くんじゃないかな。魔物を
リュウくん、
「先生、魔物じゃないでしょ。妖怪、髪洗いババアは、親切なおばけだよ。マキちゃんは、いなくなって欲しいだけ」
マキちゃん、
「そう。私はいなくなってほしいだけ。やっつけなくていい」
リュウくん、
「わかった」
と言い出して、リュウくん続けて、
「お願いすればいいんだよ。おばけ、親切なんだから、頼みを聞いてくれるでしょ」
先生の声が急に優しくなり、
「なるほど、なるほど、一周回ってよく考えてみると」
おじいちゃんが一周回ったら目が回るよ。
先生続けて、
「親切おばけだから、お願い聞いてくれるかもね」
リュウくん、
「きっとお願い聞いてくれるよ、マキちゃん」
また先生、
「じゃ、お願いの仕方を考えてみよう。親切なおばけが立っている。でも、マキちゃんはいなくなって欲しい。親切おばけは、マキちゃんがまだ小さい子供だと思って、お世話やこうとしちゃうんだから、
『マキはもうりっぱにお姉さんになって髪も一人で洗えるようになりました、もうお風呂の時にそばに来るのはやめてください、見られるのも恥ずかしいんです』
って言えばいいんじゃないかな」
リュウくんがマキちゃんに向かって、
「マキちゃん、今のオマジナイ、僕が紙に書いてあげる?」
マキちゃん、
「もう覚えたから大丈夫。今日お風呂でやってみる」
さすがしっかり者、マキちゃん。
やっとスースーが口を挟んで、
「そうだね、それがいいよ、それがいいよ」
と言いながら、二人の背中を押して診察室から出てきた。
診察室で椅子に座ったままの先生が、こちらに向かって笑顔を見せながら、深々と頭を下げるのが見えた。どうして。
次の更新予定
AIドクターシリーズ三部作 神尾信志 @Kamiwo-Shinji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。AIドクターシリーズ三部作の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます