第一章 永夜永冬Ⅳ

★★★


小墨染が目を覚ました時、もうどれくらいの時間が経ったかわからなかった。


暗闇。そして、その後にはかすんだ灰色の世界。


たくさんの、小さな光る点があるようだった。


この前何が起こったのか、まるで覚えていない。


悪い夢を見たみたいな…夢の中で大きな火があらゆるものを飲み込もうとしてたけど、今日は誕生日だから、幸運にも、自分は無事だった…それにパパがくれた花も守れた…。


そうだ…花!


小墨染は一生懸命瞬きをした…懸命に視線を合わせようとするが、そのかすみはなかなか消えなかった。


ただ徐々に、身体の感覚が硯に入った墨のように、一筆一筆、薄いところから濃いところへと染み渡っていった。


最初に戻ってきたのは、聴覚だった。


うるさい、毎年誕生日を祝う時よりもずっとうるさい…


ああ。


痛い、体中のあちこちが痛い。傷口に汚い雪が当たっているみたいな感じ。


視界が徐々に鮮明になり、あのちりちりとした光る点がだんだん大きくなっていく。


まるで本に描かれてた「星」みたいだ。


突然、心臓を貫くような、皮を生きたまま剥がされるような痛みが背中から走った。


眼前のすべてが、一瞬にして、恐ろしいほどに、微塵の隠蔽もなく、目の前にさらけ出された。


パパとママが、ぐるぐる縛られて、体中、血まみれ。


パパ、ママ、どうして立ったまま寝ちゃってるの…木の台は冷たいよ…もたれかかって寝ると病気になるよ…


またあの心臓を引き裂くような鋭い痛みが襲ってきた。


小墨染は体をぴくっとさせ、今度こそ完全に、目の前のものを見定めた。


星ではなかった――


それは、一本一本掲げられた燃える薪と、それを掲げる、生まれてこのかた見たこともない、たくさんたくさんの人々だった。


目をぎゅっと閉じている者、眉をひそめて黙っている者、怒りに目を見開いている者、大声で叫んでいる者。


なんで、みんな私を見てるの?


「パチン!」


「うわああああああああ――!」


またあの痛みが、今までどんな痛みよりも強烈に、骨の中まで食い込むように襲い、墨染は悲鳴を上げた。生まれて一度も叫んだことのない声で、墨染は自分の喉の中に火の玉が燃えているように感じた。


彼女は振り返ろうとしたが、頭はしっかり縛られており、微動だにできなかった。


彼女は必死に首の骨をひねり、瞳孔を後方へと押しつけ、一条の茨のような長いものが、気持ち悪い虫のように、絶え間なくよじれながら蠢いているのを見た。虫ではないのに、今まで見たどんな長虫よりも恐ろしかった。


体中から、たくさん血が出てる。


小墨染は突然、パパとママがもう二度と目を覚まさないんじゃないかという思いがした。


本によると、血をたくさん失うと、死んでしまうという。


「燃やせ!」「燃やせ!」「一家全員きれいに燃やし尽くせ!」


よくわからないけれど、本によると、世界で一番怖い場所は地獄という。ここは、きっと地獄だ。


「主の教えに従い、我々は今日、あらゆる異端を根絶する!」


「『浄化』魔女の転生者、及びそれを匿った家族を!」


墨染は理解できないこの詠唱を聞きながら、目を閉じた。これらの言葉は、ママのあの理解できない小言のように、今聞くとどこか不思議と安心する。


死んだら、またパパとママと一緒になれるのかな…?



「染染…」


パパの声が聞こえるみたい。聞こえて、すごく心地いい…


「ぎゃあああああああああああああ!」


耳を刺すような声、嫌い…


「早く誰か来い、罪人が目を覚ましたぞおおおおお、縛れ!」

「あああああ痛てえ! 畜生あああああ!」


うるさい、この声やめてくれないかな、パパの声が聞きたい…

「染染…」

「染染!!!!!!」


耳をつんざくほどの声が耳元に激しく響き渡ったが、少しも怖くなかった。


パパ!


墨染が目を見開くと、パパがなんと目を覚ましていた!


大きなパパが縄を振りほどき、他の人たちとすごく近くに寄り添っている。体中、たくさんたくさん血を流している。


「染染、生きてた! よかった! パパ、声、聞こえた!!!!」


「パパ、目、覚めた! でもパパ、目、見えなくなった、何も、見えない!」


「逃げろ! 縄噛み切れ! 逃げろ!!!」


墨染はパパの言葉を理解し、体をもがき始め、胸の前の縄を必死にかみ切ろうとした。


すごく疲れる、すごく痛い、歯が折れそう。


墨染は噛みながら、離れた場所にいるパパを目を見開いて見つめ続けた。パパは一人を突き倒し、次々と押し寄せる人々を突き倒していくが、だんだんと人が増え、パパは倒れ、また起き上がり、起き上がり、また倒れていった。


「パパ――! パパはどうするの!」


小墨染は口の中の縄から口を離し、さっき痛みで悲鳴を上げた時よりも大きな力で叫んだ。


パパは起き上がり、また一人を突き倒した。だが左から、右から、前から、後ろから、次々と人がやってきて、パパはもうすぐ飲み込まれてしまいそうだった。




「逃げろ――――――――!」




墨染は鼻を大きくすすると、また狂ったように縄を噛み続けた。しかし、目はまったくパパの方向から離せなかった。


「殺せ!」「魔女の残党!」「異端! 異端!」「死ね、死ねよ!」


壇下の人々の叫び声はとても喧しく、墨染にはもう、父親と行刑者たちの殺し合いの中での叫び声がまったく聞こえなくなっていた。彼女自身の、胆汁まで吐き出しそうな一つ一つの喘ぎと震えさえ、少しも感じられなかった。


そして、次の瞬きの瞬間、パパは完全に、どっしりと倒れ、二度と起き上がらなかった。その後、ナイフや槍が、パパを埋め尽くした。


鮮やかな赤が、彼女のそもそも赤い瞳に映り、それはあまりにも鮮烈だった。



「染染、パパと、ママは、お前が、どんな不幸でもないって、信じてた。」


「私たちは、ただ、お前を守りたかった、でも、そうすることが、かえってお前を苦しめた。」


「ごめんな。」



墨染は、人々に埋もれたパパの遺体さえ見えないのに、なぜか、あの流れ出した血の一たまりから、そんな声が聞こえてくるように感じた。



獣人の聴覚が敏感だからか?



一滴の澄んだ、何の色もないものが墨染の目尻からこぼれ落ちた。


その瞬間、墨染はついに、自分に小言を言うたび、ママの身から突然漂う独特の、しょっぱい匂いと、目尻に浮かぶ透明なものの正体が何であるかを理解した。


これは墨染が物心ついて以来、初めての泣くということだった。


「ははははははははは! 死んだ、死んだ! ついに死んだ!」


「はははははははは!」「ははははははははははははははは!」


壇下の狂信的な信徒たちが無数の松明を振りかざし、自分に向かってなだれ込んできた。瞬く間に天を焦がす炎が刑台に噴き上がり、父の遺体を照らし、また瞬く間にそれを飲み込んだ。


パパの色と炎の色が混じり合ってかき回され、あの赤い瞳の中にきらめき、その目がどれほど血生臭いものであるかを際立たせた。



「パパ…」



大火は倦むことを知らず、はためき、渦巻き、そばにあるママの遺体もまた赤い炎の配下に取り込んだ。


「パパ…ママ、うっ…うううっ…」



「ううううううううあああああああああああああ!」



あらゆる障りを抹消する滔々たる烈火は、いわゆる魔女の涙によって止まることはない。炎は狂ったように踊り、高温が一滴一滴流れ落ちる涙に打ち込み、蒸発させるかのように墨染の顔を焼き付けた。


絶え間なく湧き出し、絶え間なく沸き起こる、炎の光に溶け込む涙の一滴一滴が、まるで光を放つかのように、墨染の眼前のすべてを明るく照らした。



空、青い空…



うつろな中で、墨染は果てしなく広がる紺碧の空、雪の積もらない広大な大地――


そして一つ、絶え間なく燃え続け、万物の最高点に懸かる、巨大な火の玉を見たような気がした。




——本ではそれを「太陽」と呼んでいた。




「天火の下、衆生平等!」




行刑者の声が冷たく響いた。




「天火…の下、衆生…平等…」




行刑者の声が震え始めた。




「罪…人…討伐…済…済…うっ」




「済みましたううううううううううううあああああああああ…」




行刑者の不気味な泣き声が、人々の間に響き渡った。




「あああああああああああああああううううううあああああ目がああああああああああああああああああああ!」




その不気味な泣き声はますます激しくなるばかりで、少しも止む気配がなかった。まるで赤ん坊が爆発的に発する倦むことを知らぬ産声のようだ。




誰も彼を止めようとせず、誰にも彼を止められなかった。




目の届く限りの誰もが、まるで漫天の風雪に凍りついたかのように、その場に釘付けにされ、この不気味な泣き叫びに貫かれたように、身体を抑えきれず震えていた。




震え、止まらない震え。涙が震えているようで、眼球が震えているようで、身体が眼球に引っ張られて震えているようだった。




誰もがこれほど調和して共振し、泣き叫び声が人々の咽喉からかき集められるように、ひと筋ひと筋引き剥がされ、舞い散る雪片と疾風の中で漂い、次々と合流していった。




天を焦がす炎の虹と共に、地震のように、完全に爆発した。




「目が! ううううううう! 私の目が痛い…どうしてずっと涙が出るんだううううううううああああああ!」


「ううううううううううううあああああああ畜生! 目が目が目がううううううううあああああ」


「これ…は魔女…魔女の…呪いだううううううう!」


「違う! 『祝福』だ! この幼女は『祝福者』、これが彼女の『祝福能力』だううううううううううう!」


「神がどうしてこんな異端に『祝福』をお授けになることがあろうかああああああああああああああああ!」




誰もがほとんどひざまずき、目を押さえて泣き叫び、絶叫した。




雑然とした泣き声は驚くほど調和しており、厳密に編成され練習された合唱のようだった。




荘厳で、厳粛な殺気を帯びて。




泣き声が刑台の上下四方に反響して響き渡り、真実の涙が絶え間なく目から湧き出で、輝く炎の光に合わせて流れ続け、眼球から血が滲み出ても決して容赦しなかった。




もし彼らのいう主がこのような光景をご覧になったら、きっと深く感動され、このような祈りは、これまでのいかなる祈りよりも数千万倍も敬虔であるに違いない。




「ぱたり。」




一人が泣き崩れ、その後人々が次々と泣き崩れた。人々は泣いて力の限りを尽くし、そのまま真っ直ぐに、既に炎で焦げた魔女の残党、二人の故き「異端」の前へと、ひれ伏して倒れ込んだ。その有様は法相荘厳であった。




そしてこの死のように静かな、ほとんど静止した絵画の中で、一滴一滴の涙は一斉に大粒で空中に浮き上がり、整然と人々の冷たい頬をかすめ、唸る寒風をすり抜け




―――絶え間なく上昇し、最高点に達した時、突然ふわりと舞い落ちた。




空には細かく軽い雨糸が漂い始めた。陰鬱な空が目を潤したのかもしれない。


泣くがごとく訴え、怨むがごとく慕い、哀切な響きが伝わり、絶え間なく続く。


二体の焦げた遺体はこの神の奇跡の潤いを感じていたが、もう二度と目を覚ますことはない。


誰一人として気づかなかった。いわゆる「魔女」がもう縄を噛み切り、号泣しながら、果てしない白の彼方へと走り去り、地平線の遠方に消えていったことを。


その時、あの鈴蘭の花は、誰にも知られないある片隅に静かに捨てられ、じっと動かず、まるで枯れたかのように、定められた散り時を待っていた。





もし鈴蘭の花が話すことができたなら、きっともう、寒さを感じることだろう。




第一章 永夜永冬







★★★

***現在公開可能な情報***


*3. 『祝福者』とは、何らかの力によって選ばれ、特殊な能力を授けられた人類のことである。*


*4. 伝聞によると、『祝福者』は『祝福』を授かる前、身体の感覚が異常に鋭敏になり、『祝福』の間、『祝福者』は世界の原初の姿を目にするかもしれない。*


*5. 『祝福者』即墨染の能力は、一定範囲内の『水』を制御することである*



★★★




◆作者の言葉◆


第一章「永夜永冬」、いかがでしたでしょうか。



父が倒れ、母が炎に呑まれ、染染がすべてを失った瞬間——ここまでが、彼女の「世界」の始まりです。


彼女が得た「祝福」は、涙を制御する力だった。


そして、その最初の無意識の発動が、彼女自身と周囲全ての者に与えたものは――


計り知れない苦痛であった。


初めて流した涙は、温もりでも、救いでもなく、ただ世界の理ことわりそのものだったのかもしれません。次章から、その涙の意味が、雪と炎の彼方でゆっくりと形を変えていきます。


この物語をここまでお読みいただき、心から感謝します。もし、父の最後の叫びや、炎に散る鈴蘭の花が胸に残ったなら、それが何よりの励みになります。


本作は、明日も20時に、第二章を一挙公開いたします。新たな光(あるいは、新たな闇)が染染を待っています。



では、明日二十日時、次の章で——どうか、彼女の涙が乾くそのときまで、見届けてください。

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天火の下――永夜永冬の世界で、赤き瞳の魔女は太陽を盗む @rinnoakuta

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