第一章 永夜永冬Ⅱ
★★★
小墨染の一番好きな花は鈴蘭の花。他に知っている花がなかったからで、それ以外に理由はなかった。
この日、父が久しぶりに帰ってきた。体は汚れていて、母はすぐに駆け寄り、父の体を拭った。
「あなた、村のために狩りに行くときも、自分の体のことは気にかけてね…」
部屋で本を読んでいた小墨染は、懐かしい父の匂いを嗅ぎつけ、本を放り出してすぐに玄関へ走り、父の足に飛びついて抱きついた。
「染染、パパが帰ってきたらご挨拶するんでしょ?」
小墨染は何も言わず、相変わらずあまり強くない力で父の足をしっかり抱きしめ、それから顔をこすりつけた。
ママの話では、父は週に何日も村の外で、他の子供たちの父親たちと村のために食料を探し、週末にしか一、二度帰ってこない。父が帰ってくるたび、小墨染はいつもこうしてまとわりつき、引き離そうとしても離れなかった。
墨染の父は顔を掻きながら、やはり何も言わなかった。
「もう、染染があまり喋らないのは、絶対にあなたのお父さん譲りよ」
父はそれを聞いて微笑み、リンゴを握るように娘の頭を両手で包み揉みくちゃにし、それから小墨染をぐいっと抱き上げた。
「この前、ママの手紙で、また、染染が外に出たがってるみたいで心配だって書いてあった。ダメだよ」
「でも、パパ、外から、おみやげ、持ってきた」
小墨染は、父の大きな手がズボンの大きなポケットに入り、それから大きな拳が自分の目の前に差し出されるのを見た。その拳が開くと、手のひらの中央には、白いものが連なっていた。
父はそれを「花」と呼んだ。いい香りがした。
小墨染はゆっくりと手を「花」に伸ばし、まず指先でそっと花びらの間を撫で、次に指で撫で、最後には手のひら全体を父の手のひらに添わせて、花束全体を包み込んだ。長い間、手を離さなかった。
「この鈴蘭、とても白い、染染とママみたいで、とても美しい」
小墨染は頭を父の胸に預けた:「私も、花が好き、パパも好き」
部屋に戻って読書を再開したが、小墨染はまったく落ち着かなかった。窓辺に置かれた鉢植えの鈴蘭の花があまりにも美しく、暖炉の炎が花に暖かなオレンジ色の影を落とし、小墨染はついチラチラと視線を向けてしまうのだった。
同じ白なのに、どうして花の白は、外の白よりもこんなにも美しいのだろう?
「あなた、また染染に外のものを持ってきて…」
部屋の外から、またママの小言が聞こえてきた。今度は父に向けてのもののようだ。
ママの小言はいつも、小墨染には一字一句はっきり聞き取れる。だが、それらの字がつながって一つの文章になると、かえって頭がこんがらがってよくわからなくなる。だから、小墨染はいつもあまり気に留めずに聞き流していた。
「染染も、大きくなった、大丈夫、いつかは知るべきことだ」
「でも…」
「私たち、彼女を家の中に隠し続けるわけには、いかない、一生…」
「いつかは、彼女は…家を出る日が来る、その時、彼女は、自分を、守ることを、学ばなければならない」
一瞬の沈黙。
「よし…今日は、染染の、誕生日、私たち、楽しまなければ」
「じゃあ、ケーキを買いに行こう、染染、ケーキ好きだし、大きいのを買おう、僕の分もあるからな…」
「もう、染染がケーキ好きなのは、絶対に、あなたに、似たのよ」
小墨染の耳がピンと立った。前の長ったらしいわけのわからない話は理解できなかったが、「誕生日」と「ケーキ」の言葉だけは聞き逃さず、興奮してしまった。そういえば、今日が自分の誕生日だったのか!
六…七…いや、今年でもう八歳になるんだった!
本によると、十歳になると、「教会」というところで「授業」を受けるらしい。「教会」には、自分と同じ年頃の子供たちがたくさんいて、「友達」もできるかもしれないって!
外出を禁じているパパとママが、自分を「授業」に行かせてくれるだろうか? でも、行けても行けなくても、自分はもう十分幸せだ!
パパ、ママ、食べ物、小屋、火、ケーキ、それに花! もう何も足りないものなんてない!
「がちゃっ――。」部屋のドアが開き、母がにっこり笑いながら顔をのぞかせた。
「染染、パパとママがケーキを買いに出かけるね。一人で家にいて退屈だったら、先に寝て私たちが帰るのを待っててね」
小墨染は力いっぱいうなずいた。
今のままが続けば、自分が、一番幸せな子供なんだ。
★★★
窓の外で、風がびゅうびゅう吹き荒れ、白い粒が交じり合って目の前を次々と通り過ぎていく。
今日は風が強いようだ。道理で、普段より少し寒く感じるはずだ。
一日中暗いままだったが、今はもう「闇夜」の時間帯になっているはずなのに、なぜか今の方が、かえってもっと明るく感じるのだろう…?
違う、どこかおかしい気がする。
匂い、変な匂いがする。
暖かい匂い…鼻を刺す匂い…
火の匂い…?
幼い即墨染には「火事」という概念がよくわからなかった。彼女が知っていたのは、火が最も神聖なものであり、闇を追い払い、光を撒き散らし、暖かさをもたらすものだということだけだった。
だが、火は、同じくらい危険でもあった。
家に忍び込んだ魔鼠がリビングの石油ランプを倒したのか、あるいは何か普通の偶然が重なったのか、ほんの一筋の束縛を逃れた火花が、小墨染の部屋の外の広間で、静かに広がり始めた。
村のあちこちに炎の光がきらめき、教会の人々は声を合わせて詠唱していた。
「信徒たちよ! 歌え!」
『誰もが誠実に救済を求めている』
『敬虔なる神、たゆまぬ努力を続ける人々、それが偉大なこの世界を創り上げた』
『ただ一つの存在だけが、「神」と「世界」の敵である』
「げほっ…げほっ!」
違う、なぜか少し苦しい。息が、苦しい…
あたたかいけど、でも、すごく気持ち悪い…
小墨染はまた咳き込んだ。眼前のすべてが焦点が合わず、かすみと鮮明さの隙間で揺らいでいるようだった。
彼女はベッドから起き上がり、目眩がしてよろけそうになり、額をこすりながら、部屋のドアを開けようとした。
ドアまでもが、あたたかい…
ドアの外では、もう燃え盛る炎が広間全体を飲み込んでいた。
まぶしい…
これが即墨染の最初の感覚だった。
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この業火の中で、幼女は何を得て、何を失うのか。次話「永夜永冬Ⅲ」にて。
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