王の指輪

雨宮大智

第一章 ルルアの旅

1‐1 カフェ・ダイアリーにて

 かまどのケトルから湯気が上がる。白い湯気が、周りの調理器具を湿らせてゆく。それは若い情熱に似て、行く宛を知らず、力を秘めて上昇する。レモンの甘い香りが室内を満たしていた。それはレモネードの匂いだ。レモネードは天然の発泡炭酸にレモン果汁と蜂蜜を加えた飲み物で、この店「カフェ・ダイアリー」の看板メニューのひとつだった。


「アミル、あのさ。旅人って、本当にならなきゃ、いけないの?」


 私はルルア。いま、親友のアミルと共に、「カフェ・ダイアリー ファルム店」に来ていた。私は今月16才になる。私が住むこのファーガ国の『旅人の誓い』という習わしで、16才を迎えた男女は親元を離れて一か月から一か年の旅に出なくてはならないのだ。


「もちろんよ、ルルア。私のパパもママも、16才で旅に出たんだって」

 アミルは涼しげな顔でそう答え、短い髪をかきあげた。そして続ける。

「私、いつか歌手になりたいの。だから、ファーガ国中を巡って歌の修業をするんだ」


 私は少し嘆息した。

「いいな、アミルは夢があって……。私はなりたいものなんて、何もないよ」

 アミルが笑顔で応じる。

「あの夢は? 昔、よく言ってたじゃない。お花屋さんになりたいって」

「よく覚えてたね。15才までのファーガ義務教育が終わったら、私、何をしたら良いか、ずっと考えてたんだ」

「いいじゃない、お花屋さんなら。お花を嫌いな人なんて、そんなに居ないんじゃない」アミルは優しく言い添えた。「私は、ライバルが多いのよ。唄い手は取り分けね」アミルはそう言って、レモネードに口をつけた。


「旅人になるには、何から始めたらいいのかしら」私は不安な気持ちでいっぱいだった。アミルは「旅人の誓い」のことを学ぶ「ファルム学院」を卒業していた。私はアミルとは学校が違い、主に読み書きを学ぶ学校だった。

「ファルム学院の先生が言っていたのは、まず旅の支度として、薬と武具を整えるなくてはならいって」

 アミルは、学生時代のことを話してくれた。アミルは「ファルム学院」をこの春に卒業した。学校では読み書きや計算のほかに、旅人の時代に必要となる、野営の仕方や野外料理を教わったのだという。男の子の場合は、剣術を中心に戦いに実習がある。女の子の場合は、料理や傷の手当の方法などを中心に学ぶ。また、簡単な古代魔術や、精霊魔法を学ぶ者もいるのだそうだ。

 私は読み書きと計算を中心に学ぶ学校だったので、あまり野外活動は学ばなかった。


「では、武器と鎧を見に行きましょうか」

 私はあまり気乗りがしなかったのだが、まずはモンスターなどから身を守る武器と防具の店へ行ってみることにした。

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