ヒトカリ

「撤収とはどういう事ですか?!彼はまだ戻って来ていません!」

浜に作られた臨時の前哨基地に据えられた鎮台軍の特殊無線に向かって

マキタ大尉は大いに声を荒げた。

「彼を見捨てて帰ったらコレは私だけでなく、吉良一門の歴史の中で最も恥辱に塗れた出来事になります!!」

在らん限りの大声と要求でもってマキタ大尉は無線に向かって叫び続けるが、

『吉良』の家門をもってしても上層部の命令は『撤収』から動きそうになかった。


浜では腕を吹き飛ばされたタカギを早々に艦内で治療すべく上陸艇の一艇が離岸する所であり、入れ替わりのようにやってきた小型の船にはカキネ課長が乗っていた。

浜で呆然と空を見上げていたシロウを見つけたカキネは彼に声をかける

「タケナカ君。」

「申し訳ありません、課長…」

「いや、良い。解っているかも知れんが、我々にも撤収命令が出た。」

予想していた事だが、余りの現実にシロウは浜に崩れ落ちる。

「まだ絶対に死んだという訳ではない。」

「はい、ですが…」

「彼は一流の猟師だろう?上手く逃げて帰ってくるさ。」

カキネのなぐさみ程度の可能性話しを素直に信じられる程、

シロウは愚かでもなかったし、また己の責任の自覚から

そのような甘い仮定を受け入れられそうになかった。


「じきに夜になる。そうなると此処でも危険かもしれん。」

「何とか私だけでも残れませんか?」

「それが本当に許されると思う君じゃあ無いだろ。理解はするがな。」


憤慨したままのマキタ大尉が最大限の力で砂浜を踏みしめながら

二人に近づいて来て直立不動で伝達した。

「我々に撤収命令が出ました。お二人も艦に戻られるようお願いします。」

マキタ課長が事務的に答える

「解りました。こちらも撤収命令が出ましたので艦に戻ります。

ただ申し訳ありませんが、彼の機漁船には可能な限りの保護措置を取ってから離れる事をお願いできますか?」

マキタ大尉は部下に命じて既に作業させていたが

「勿論です。」とだけ言い二人から離れた。



-----------

 再び東京海城名物『鯖とば』を齧りながら、国土復興事業跡地の

忘れられた建物の中でリョウマはこの謎の少女(ではなく本機曰く『端末』らしい)の話しを聞いていた。

「つまり私は国際先進人工知能開発事業団によって制作された人口知能、

通称『ナディア』と呼ばれたAIの端末の一機なのです!……………恐らく。」

「おい、ソコに疑問符付くのか?大分大事な事なんじゃないのか?」

「私はあくまで端末ですから。格納されている情報には限りがあるのです。」

「いや、それこそ、そういう情報は格納されてないとおかしくない?」

「あ、でも『鯖とば』は解りますよ?『鮭とば』の亜種ですね?美味であると言う情報があります。お酒の友でもあると。」

「何でそんな情報あってさっきのが疑問符なんだよ。」

「格納されている情報以外は解りません!私をインターネットにでもつなげて下さい!」

「なんだそれ」

良く解らぬ単語にリョウマが反応すると、横に座っていた殺戮機が代わりに答える

「かつて存在していた全地球規模の情報ネットワークと解説」

「お前が知ってるのかよ。解説してくれるのかよ。」

ナディアと自称した少女(型の端末?)が嬉しそうに答える

「デビーさんも一定の情報は残っているのですね」

「イエス」

此方も少し嬉しそうに頭部の赤光を数度点滅させて反応する。


機猟師はナディアに指を向け言った「わかった、お前の事は多少解った。」

そしてそのまま流れるように横の機械を指さし尋ねる。

「で、コイツ何なんだよ。危うく殺されかけたんだぞ?タカギさんなんて腕吹き飛ばされてたんだぞ?」

「デビーさんは…私にも解りません!」「情報無し」

二体に同時に答えられてリョウマは呆れかえる。

「何だよ名前すら無いとかなのか?いや、『デビーさん』とか呼んでたよな」

「私も同じ質問提示をしたのですが、『悪魔』とか『魔物』とかそういう発言でした。ので、人間の方々への印象を考え『悪魔』ではなくデビル、それもアレでしたので『デビーさん』と便宜上のタグを付けさせて頂きました。」

ナディアはそう言うとペコリとデビーと呼んだ漆黒の殺戮機に頭を下げた。

「問題無し」

漆黒の殺戮機は遠慮がちの点滅をナディアに向けた。

そんな二機?二体?の様子を見ながらリョウマが話す

「お前さ、アレじゃねぇ。『ヒトカリ』とか」

「何ですかソレは?」ナディアが不思議な顔をして尋ねる。

「猟師や陸行く連中の間で言われてる奴だよ、何だ…その…ユーレイみたいな?」

「おお、幽霊。」ナディアは少し怖そうな顔をして答える。

「物凄い獲物を見つけたんだが、『ヒトカリ』が出て仕留め損なった』みたいなさ」

「いわゆる、妖怪変化の類のようなモノでしょうか?」

「いや、それは知らないが、化物はそうだな、そう化物。獲物の所がお宝だったりするだけで、『ヒトカリ』が出たから失敗したみたいな話しだな。」

「成程、失敗談の理由を問わない『原因代替』という事でしょうか」

「それも良く解らんが、『ヒトカリ』はその名前の通り、姿を見た人間を全て狩り殺すんだってよ。」

言い終えて一呼吸し、横に居る漆黒の殺戮機を眺める。

「………お前じゃね?」

「過去情報を検索。『ヒトカリ』呼称の記録を発見。」

「デビーさん?!」

「おい、やっぱお前じゃねーーか!」

「情報が断片デアリ確認不能」

「なんだその白々しい話し」

「ノーコメント」

「やっぱお前、もう一回やる?」


 リョウマは腕をまくろうとしたが、ボロボロの服が更にボロボロになっただけであった。

「ああ、大変です。そのような恰好ですと体温の低下が危惧されます。」

「そういや少し寒いな、まぁ電鎧の外套着れば大丈夫だ」

「私には保温機能も付いてあります、折角なのでご利用して頂ければ。」

そう言うとナディアは自分の服を脱ごうとする。

「おい、やめろ。別に構わないから」

「いえ、そう言わずに。この服も此方で発見してお借りした物ですから。」

実際に猟師は殆ど見た事は無いのだが。既に半分服を脱いだナディアの身体が

恐らく余程過去の人々は変な人間だったのであろう。無駄に精工に作られている事を察し、ナディアの服を無理矢理に直させた。


妙な敗北感を振り払い、壁に刺さったままの骨電鎧を再び着込み

リョウマはもう一本の『鯖とば』を齧りながら聞いた。


「で、お前ら此処で何してんの?

多分軍の連中とかが探してるのはお前らだと思うんだけど。」

「軍…というのは何処の軍隊の事でしょうか?米国軍とか?」

「そんな昔の国なんてもう無いぞ。『東京海城』の鎮台軍の連中だよ。」

「ええええ」驚いた顔でナディアが反応する。

「失われた人類国家の一つと認定」

ヒトカリが無感情の音声で付け足す。


噛み合うようで噛み合わぬ会話にやはり人では無い事も解りつつ、

それでもこの二体が彼が日常で狩っている機械とは全く別物である事を

リョウマは完全に理解していた。

「いや…まぁ、何も無いんならそれでもいいけど。」

「有難うございます」ナディアが泣きそうな顔で答える

「目的設定は不明」ヒトカリも端的に答える。


「まぁ、どっからどう見てもお前らそこらに居る機械とは違うからな。

上層の連中とかなら何か知ってて探してるんだろうな。」

「私達の事が解る人達が居るのですか?!」

泣きそうな顔から反転し、今度は嬉しそうな顔でナディアが答える

「確率推定、警戒が必要」

……ヒトカリの方は何かしらあるようだ。

「あの、私からこのような申請が受け入れられるのか解りませんが」

「なんだよ」

「私達をソコに連れて行って貰えないでしょうか?」

「鮭とばを齧っていたリョウマの口が止まる」

「本気で言ってる?」

「はい。私の情報は限られていますし、目的設定も何もありません」

「いや、でも大尉達の感じだとお前ら捕まえて何とかみたいな感じだぞ?」

「ソレは全く気にする事はありません、どうされようが私達は人類の為に作られた物ですから」

「………」

思いもよらないナディアの申し出と、その理由であったが、リョウマは『名物鯖とば』を再び齧りながら二体を見た。

「お前はまだ良いとは思うけど、コイツがな…」

「擬態モード」

ヒトカリはそう音声を発生すると、ステルスではなくガチャガチャと身体のパーツが動き出し、物流倉庫や猟師が使っている鉄荷電犬のような四足歩行機器の姿になった。

そしてその姿のまま「ワン」と、一声だけ吠えた。

「お前、それ本気で言ってる?」

「ワン、ワン」とヒトカリは二回吠える。

「いや、その状態であのレーザー出してみて?」

「Gurrrrr」という謎の音を発し、ヒトカリはレーザーを放ち壁を焦がした

「わぁ、凄い。」楽しそうにナディアが反応する。

「お前却下。」リョウマは冷たく言い放つ。

「ええええええええ」

「ガウガウガウガウ」

二体の抗議を黙殺し、しばし更に考えた後、リョウマが切り出した。


「そもそもこの話し、最初は俺だけど持ってきたのはシロウなんだよな。」

「どうされました?」

「解った。お前ら、連れてってやるよ。」

「やったー!」「ワオーン」二体が嬉しそうに機体を揺らす。

「但しだ、そもそもこの話しを持って来た俺の友達に、お前らを引き渡す。それで良いな?」

「はい、もちろん構いません!」「…」

「引き渡した後、お前らがどうなろうが俺は知った事じゃないから。」

「了解しました!」ナディアがやや大げさに敬礼の仕草をし答える。

「解った。じゃあもう陽も沈んでしまったし、明日の朝に戻る。

俺の船がちゃんと残ってたらだけど。」

「解りました!では風邪を引かぬ様、お布団代わりに私の保温機能をご利用されますか?」

ナディアの再びの保温機能アピールに「だから要らねって。」と短く答え、

猟師は電鎧の空調を入れて眠りに付くのであった。

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