海の世界 陸の世界

 真夜中に出航する機猟師は少ない。

余程の時間的事情でもなければ、通常は数隻の機漁船や処理駕籠船を同伴する

機漁の出降を、わざわざ夜中に多人数で行う事は稀な事である。

機猟師達は基本的に夜明けの少し前に集まり、日が昇った後に降航して行く。

付け加えれば夜間に狩りをする者などはほぼ皆無である。


真夜中の海城周辺の海は、そんな陸の猟師達と違い、『魚』と言う生物を獲りに行く

古代から続く由緒正しい漁師達が主役となっている時間帯である。


そんな由緒正しい白の漁船達の群れの中に『醜いアヒルの子』のような

リョウマの無骨な金剛丸が今正に海面に降着しようとしていた。


「聞いては居たけど夜中に出る猟師ってのは少ないんだな」

「居ないって訳じゃないけど。海に降ろすにしても昼間よりちょっと高いし。」

「ああ、そういう。」「気にする程のモンでもないけど…まぁみんなケチだからw」

「こちら金剛丸、今着水した、フックを外す。」

無線でそう答えながら管制デッキに向かいリョウマは手を振る。

「知り合い?」

「海に出る人間はみんなこうするモンなんだよ。守り神みたいなモンだ。」

「お前に迷信深いトコなんてあったんだな。全く無いと思ってた。」

「いやまぁ確かに少ないかもしれないけどさ。海に出たら多分、誰だってそう言う事考える時はあるよ。お前だって新大島やハワイに行く船に乗ってる時になかった?」

「ああ、大島はともかくハワイは時間があったからな。思い出したよ。」

「そうだろ?じゃあ一応確認、合流地点に変更は無い?」

「ああ、予定通り頼む。」

「わかった。到着するのは丁度明け方ぐらいだ。それまでシロウは寝てて良いよ。」

「そういう訳にもいかないだろ」

「俺も少し仮眠するから。今日は1日が長くなる。」

「お前も寝たらこの船どうするんだよ。」

「幾らボロいつってもこの船にも簡単な自動航行ぐらいあるよw

それに完全に寝る訳じゃない。」

そういって船を操作しているリョウマの背中にシロウは問いかける。

「お前、いつもそうしてるの?」

「コレが俺の日常だよ。ホラ、ソコにシートあるから被ってて」

見れば確かにシロウが座る補助席の横には巻かれて括り付けられた謎のシートが有る。

「何のシートだよコレ…」

「大分前に狩った奴に付いてた奴。多分保温なんだか油避けだかと思うけどソイツの尻?って言えば良いのか?まぁソイツの後ろに何か張り付いてた。」

「どういう事なんだよ」

「俺達に狂った機械の事情なんて解る訳無いだろw剥がしたら暖かそうだから貰っといた。」

「そういう事か」「そういう事」

「という訳で解ったらさっさと寝ててくれ。真面目な話し、陸に上がったら寝てる暇なんて無いだろうから。」

「解ったよ」

身体に被せると確かに保温機能は高そうな謎素材のシートを被り、シロウは静かに心の中で友に感謝の言葉をかけたのだった。


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数時間後、伊豆沖、艦内にある監視モニタに予定通りの合流ポイントと時刻に

海間に浮かぶリョウマの金剛丸を見つけたマキタ大尉が呟いた。

「アレだな」

監視画面に映る金剛丸の姿を見て別の隊員が感想を述べる。

「随分と旧い船ですね、ありゃ昔の『剛呑』を改造した船ですかね?」

「以前見た時に何処かで見たような船だと思ったらそうか、恐らくそうだろうな。」

「悪い戦車じゃなかったですけどね、民間にも払下げられてたんですね。」

「使える物は何でも使う。それが今の時代の人類の当たり前だ。」

「まぁアレも揚陸戦車でしたし、武器外されても機漁師達とっちゃ船にすりゃ使える物でしょう」

そんな会話の最中、駆逐艦の通信担当をしている侍から報告が入る。

『当該船より発光信号、先行して上陸するようです。』

「案内してくれるのは陸から上がった後でも構わんのだがな…律儀な男なのか」

「どう返答します?」

「了解したと伝えてくれ、機猟師の仕事ぶりを拝見するとしよう。」


駆逐艦の返信を確認したリョウマは早速動力ボタンを操作し金剛丸の頭を浜辺に向けた。

そんな友に向かってシロウが尋ねる。

「先に行くのか?」

「陸に上がる時もそれなりに手順と作法があるんだよ。

 侍連中に余計な事でもされたら面倒な事にもなる。」

「わかったよ、こっから先は全てお前に任せるよ」

「ならしばらく黙ってベルト締めて座ってて、『脚』を出したらうるさいし揺れる」


沖から幾分緩やかな、岩やかつての文明の残骸が残る浜辺に向け金剛丸は一直線に突き進む。

上部のハッチを開くと器用に足で操舵をしながら己の体と愛銃を乗り出し、手早く猟師達の間で『パン』とよばれている弾体を装填する。

彼は揺れる船の上から上陸地点先の目ぼしい茂みに狙いを澄ますと1発目を放った。

『シィィン』という静かな電磁誘導と空気を切り裂く音を残し、浜からさらに先に有る、彼が狙った茂みの周辺に小さな発光が幾つも光る。ほぼ同時に周囲の茂みが揺れ動くのを、照準器を覗いたまま銃のクリアボルトを手早く引き、彼は次弾の装填を済ませる。 二発目を撃とうとしたとき、一瞬であるが茂みの隙間に獣の姿を見て、機猟師は少し安心し、別の茂みに念の為2発目を撃ちこんだ。先程と同じく弾着した周囲に幾つか光と、浜に接近したから今度は光と同時にパンパンと音がしているのがシロウの耳にも届いていた。

引き続きその周辺を照準器で覗き込んでいたリョウマだが、「フッ」と息を一吐きすると

視線を浜に向けながらシロウに話しかけた。「まぁ大丈夫そう、このまま陸に上がる」身を乗り出したハッチから操舵席に改めて座り込むと彼は幾つかの操作をし、船腹のハッチから無骨な鋼鉄の脚が展開してきた。金属と砂が擦れる大きな音、ゴガガガと揺れと騒音が起こった後、一瞬体が浮遊する感覚を捉えると定期的な『脚』の駆動音と共に金剛丸は陸に上がったようだった。


艦内の画面で一連の様子を見ていた大尉に、通信担当が再度の報告をする。

「上陸した機漁船より連絡、『上陸地点確保』との事です。」

「何かやってましたけど何ですかねアレ。発光弾でしょうか?」

「露払い的な事なんだろうな。我々のように『見つからないように上陸する』のではなく、『故意に見つかるように上陸する』とでも言えば良いのか。」

「ああ、なるほど。」

「ああやって故意に音や光を起こし、それに反応する脅威があればそのまま海に戻り別の所に移動するのだろう。」

「作戦で行動を決められた我々には無い発想ではありますね。」

「常に『その場の判断』で生きる猟師ならではか。解った、我々も行こうか。上陸艇を出せ。」


海上にうっすら見える鎮台所属の駆逐艦『海蘭』。

その船体の殆どは海中に没しており、洋上に出ているのは板のような上甲板見えるだけである。浜から見ていたシロウはそんな沖に浮かぶ板から正三角の構造がせりあがり、中から2隻の小型艇がやってくるのを見ていた。

上陸艇はみるみるうちに浜に近づき、軽電鎧『波影』を身に纏い、舳先付近に座っている大尉の顔も見えてきた。

ホバー式のその船体は滑り込むように浜に乗り上げると、すぐに後部から隊員達がバラバラと降りて来る、

『予定通り一班は周辺確認、二班は設営とこの地点の防備を固めろ』

手早く隊員に指示しながら、大尉は浜で待って居たリョウマとシロウに近づいてくる。

「先行してくれなくても別に良かったんだがな」

「やると決めた以上、俺も好き嫌いは置いてしっかりやるよ。」

不本意感を隠すでもなく若猟師は侍に答える。

「なるほど、頼もしい。」

「探題官、このまま周囲の確認が済んだら早速彼の案内で調査に入るが宜しいか?!」

「はい。」若き探題官は手短に返答する。

「鹿の姿も見えたし多分、この辺りに大した物は居ないと思うよ。」

「ほう。」猟師のその発言に、興味深気に大尉は反応する。

「行くならさっさと行く方が良い、陽のある内に帰りたいなら。俺の準備は終わってる。」

そんなやり取りの中、設営隊の方からやや大型の電鎧に身を包んだ

一人の侍がやってきて集まっている男達に声をかける。

「マキタ大尉、文官の方の待機所は出来ました。

御一人はココで現地立会という事で宜しかったですかね。」

「ああ、こちらがカキネ探題官の部下でタケナカさんだ。」

「始めまして探題官、私が二班班長を務める伊比出のシマザキ軍曹です。」

「今日はお願いします、探題局のタケナカ・シロウです。」

シロウが丁寧にシマザキに答える。

頷いたシマザキは出来上がった待機所に案内しながら何気ない質問をする

「因みにどちらの御一門で?」

この問いに、もう慣れたという感じで何の感情も無くシロウも答える。

「いえ、私はそういう人間ではありませんので。」

少し予想外の答えであったのか、シマザキはバツの悪そうな顔をし

「おっと…コレは失礼。」とだけ言い、他の隊員を呼び寄せシロウを連れて行かせていた。


 視界の隅にそんなやりとりを見て、やはり彼はこの『侍』という連中を好きにはなれないと思うのであった。

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 隊員の全員が『侍』、つまり中上層に住む「一門」と呼ばれる階層の者達である。

そもそも鎮台軍自体がその組織のほぼ全てを一門階層の人間が占めている。

これら「一門」の人間とは、元を辿れば東京海城が現在のようになる前、

崩壊前のメガフロート時代から権利を持っていた企業や組織に属した人間を

家系に持つ者達である。

海城の多数である、いわゆる『下層』、と呼ばれる人々は彼らとは違い

崩壊後に助けを求めた避難民達がそのルーツだという事情がある。


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猟師が言った通りに浜辺の周囲には特に何の脅威もなく、鎮台の侍達は据置型の機銃等を設置したり遮蔽板の展開を進めて居る。

茂みの脇にある岩に腰掛けながら銃の点検をしていると、波影の頭殻を小脇に抱えマキタ大尉がやってきた。『では行こうか。』そう言うと大尉は後続する隊員達に手振りをし、頭殻を被り森に向かって行った。



 人の文明から離れ幾千日、陸は自然と獣と機械の楽園と化している。

鎮台の隊員達は近接通信で下らぬ雑談をしているが、スピンを合わせている案内人にもそれはダラダラと流れされている。

一応、一定の緊張感は保ち続けているので彼らも熟練なのだろうが、

最近ではずっと一人で猟をしていたリョウマにとっては少々煩わしく感じるのも事実であった。

「大尉、実際この辺りってどういう連中が出るんです?」

「さてな。作戦書に案内人が教えてくれた情報が記載されていただろ。見て無いのか?」

自分の部下にそのような者は居ないと解りつつ大尉も答える。

「本当にあんな小物だけならわざわざ俺達を呼ばんでしょう?」

軍用マルチレールのライフル銃を隙なく周囲に向けながら、隊員達は案内人に続き伊豆の森を進んで行く。

別の隊員が『シマダはちょっと黙ってろ』と言いつつ、

「でも俺も確かに気にはなるな。どうなんだい案内人さん。」と尋ねる。

侍達と違い銃を肩に掛けたまま、先頭を行くリョウマは、注意深く歩く足を止める事無く答える。

「俺もココで実際に見た物しか知らないよ。でも陸じゃ何が出て来ても不思議は無いから。」

「そりゃまぁそうだ。」

隊員達の若干の不満を和らげる為か大尉の方も話し始める。

「残念ながら俺もお前らと同じだよ。上からは『見て来い』と言われているだけだ。」

「それでこんな若い猟師を先頭に立てて?自分で言うのも何ですが、上の連中にはほとほと嫌気が出ますよ。」

「上の連中がどう思ってるかは知らんが、私はこの任務で誰も死なせる気はないぞ。」

「さっすがマキタ隊長wちゃんと猟師君も入ってますよねソレ?」

「そう言いたい所だが、彼の方が迷惑に感じるかもな。」

「何ですかそりゃ」

「誤解しているようだが、彼を先頭にしているのは彼が我々の中で最も優秀な偵察員だからだ。」

「そうですか。」

「イトウは何か不服そうだな」

「これでも訓練はこなして来たつもりですから。『素人以下』と言われたらそりゃ嫌ですよ。」

「彼の事を素人だと思っているなら、お前の見込み違いなだけだよ」


そんな会話をしていると先頭を歩く案内人の動きが突然静止する。

下らぬ雑談をしていたように見えた隊員達も一瞬で同様に動きを止め、言葉を止める。

「皆の電鎧は少しうるさいのからそのまま。」

そう短く言うとリョウマは身を屈め、雑木の中に獣の様に入って行った。

『そのまま待機』大尉も短く隊員達に命令を伝え、侍達も隙なく周囲を警戒する。

『問題なさそう』そう声が聞こえた後、ほどなく入った別の雑木の上に銃が振られているのが見え、案内人が戻って来た。

「何があった?」

「整備系の奴だと思うけど特に問題無さそうだった」

「何故解ったんだ?」

「ほら、ソコの木の脇に焦げたような跡が。」

良く見ると確かに、ほんの僅かではあるが、彼が入っていった雑木林の木に、小さな焦げたような跡があった。

更に良く見ると小さな焦げ跡は飛び飛びに森の奥に続いている。

「状態悪い奴は体から火花出してたりするんだけど、そういう奴が通ったら木にああいう焦げ跡が付く」

「成程、それで、ソレが居たのか?」

「この先の沢で転がってた。多分、水の回収だかやるような奴だろね。」

「そんな物も居るのか」

「連中って海もそうだけど水は苦手だから余り見ないけど」

「気密や水密は効率の観点で進化しなかったとはあったな。」

大尉はかつて士官学校で教えられた事を思い出す。

「偶に水を回収してるような機械も居るよ。ただあんな風にスグ壊れるから

余り見ないんだろうね。」


屈託無く話す案内人とは裏腹に、陸の世界に入った事を

改めて覚えたマキタは、隊員達に気を引き締める様に伝えた。





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