猟師と侍
暫く経ち、リョウマは再び猟に出るべく仕事の準備に取り掛かっていた。
先日の猟は折角遠出もしたが、結局、競りでは猟果は良くも悪くも無い
値段で終わり(それでも遠慮するゴローに多少のお金を渡して来た)、
何時もの如く再び猟に出る為に金剛丸の確認をしていた。
組合から離れてしまった彼に与えられた港の整備場は限られた狭い物であったが、
そもそも船自体が小型の個人船の為そこまでの苦労は無い。
ただ、上陸時に展開する船腹の『脚』を確認する時だけは
少々手狭になってしまうのも確かであった。
もし自分で治せないような不具合があった場合、船匠に頼む事にもなる。
何とか仮展開して確認しようとリョウマが周囲の道具を隅に移して居ると
突端から裃を着たシロウと軍服を着る男が来るのを視界に捉えた。
『おーう、まだ大島に帰らないのか。』
持っていた道具箱を床に置き、リョウマは大きく手を振って友に呼びかける。
ゆっくりと埠板の縁板付近を歩いてやってくるシロウは友に向け、少し控え目な感じで手を振り返している。
様々な整備道具が置かれた机の端にある昆布茶のヤカンに手をかけると
リョウマはそのまま直接一飲みし、薄々と何があるかを考えていたのであった。
「それで?別に構わないよ。」
リョウマは整備机に腰をひっかけながらゆっくりとやって来た
シロウが話しだす前に答えていた。
「まだ何も話して無いんだがw」
そんな友人らしい反応にシロウは少し笑いながら答える。
「そんな神妙な顔して俺の所に来て『何も無い』は無いだろw」
「まぁなw」
完全に見透かされていた事に照れを隠してシロウは答える。
「しかもあんな軍服着た侍連れて」
男を見ず、親指で指し示しリョウマは肩をすくめる。
「お前が軍とか侍とかああ言うの嫌いなの知ってるけどさ。」
「知ってて来たんだろ。じゃあ俺は断らないよ。誰でも無い、お前の頼みだ。」
「リョウマ…」
「いや、流石に『女連れて来い!』とか無理な事は無理って言うけどさw」
更に肩をすくめながらリョウマはふざけるように言う。
「在ったとしても絶対お前には頼まない類の話しだなw」
笑いを含めながら、そんな友人の軽い配慮に若き探題官の心は大分救われていた。
「とは言っても近いと言えば近い…か。」
「この間のアレ?」間髪入れずにリョウマが尋ねる。
「やっぱ気付いてたのか。」
「一瞬だけど顔に出るよな。」
「コレでも訓練してるつもりなんだけどな。お前やっぱ凄いよ。」
「まぁ別に良いけど。で、具体的にどういう話しだ?」
「前向きに協力してくれるという事で良いのかな?」
二人が談笑している様子を見ていた軍服を着た男性が猟師に近づき話しかけてくる。
「大尉、まだ話は」
言おうとしたシロウに対し猟師は言葉を被せる。
「それで良いよ。コイツ何かまた無駄に考えて話し遅いから。」
それとなく警戒をしている素振りのまま猟師は大尉と呼ばれた男に答えた。
「私は海城鎮台、吉良のマキタ大尉だ。今回の任務遂行の為に是非、君の力を借りたいんだが。」
大尉が差し出した手に対し、猟師は両手をポケットに突っ込んだまま素っ気なく答える。
「俺も機械を壊してるけど、人も機械も壊す連中と握手する趣味は無いよ。」
その答えに少佐の方も気にもしないという風に、差し出した手を空中に置いたまま
「私に重要な事は一門と任務の遂行だ。私の中には好きも嫌いもそもそも無いんだがね。」
空中に置いていた手を戻しサングラスを外すと、心配そうに見ていたシロウに対し
「探題官、心配しなくても良い。金目当てのそこらの猟師より余程便り甲斐がありそうだ!」と朗らかに言うのであった。
事情はこうだ。
先日の重老会への報告は局長曰く『世界を救えた筈の早さ。』で進み、
即座に調査隊の派遣が決定され、そのまま鎮台軍への準備命令が下ってた。
探題局と海城鎮台軍の調整の場で鎮台側は当該地域での活動実績が乏しい事などを理由に、調査範囲の絞り込みや当該地域の事前情報の取得を探題側に要求してきたのである。
新大島ならともかく、政治の都合で常駐支所も置いていない海城の探題側にこの要求を満たす事は出来なかったし、そのような装備も人員も持たぬ事から、この要求は最初から土台無理な話であった。事を解りきった上で軍が白々しく妥協するように提示したのが、『現地に詳しい民間猟師』を案内役として起用し、部隊の先導をするのであればすぐにでも協力すると言う事であった。
要求的には筋の通った話しではあったが、
『もし何かあった場合、下層の民間人は犠牲にする。』という、
鎮台軍側の「責任回避の為の保険」という事があからさまに見える要求に対し
オザワ局長はその場での回答を避け、シロウに判断を委ねていたのである。
リョウマや大尉と別れ、支所に戻ったシロウは一人でデスクに座って居た。目の前の画面には作成半ばの書類が写しだされている。そんな中、小さな擦れた電磁ドアの開閉音がし、カキネ課長が部屋に戻って来る。周囲の同僚官達と同じく、軽く会釈をした彼を一瞥し、通り過ぎようとしたカキネ課長だったが、歩みを止め若手官のデスクに腰を掛けた。
「結局、ネタ元の友人も巻き込んだんだって?」
いつもの何故か少し陰のある、特に何の感情も無いようなトーンで課長はシロウに尋ねた。
「はい、色々考えたのですが。どうにも他に選択肢が思い浮かばなかったので…申し訳ありません。」
「いやいや、俺は別にお前を責めてる訳じゃないんだよ。」
課長は何するでもなく自分の指先か爪先だかを弄りながら話しだす。
「…」
「使えるから使う、それが普通だ。何せ我々自身もそう扱われている訳だからな。」指爪から床を見るでも壁を見るでもない虚空に視線を移動させ、
隣で黙り込んでいるシロウを脇目に課長は言葉を続ける。
「普通はこういう事はもっと時間と業界に肩まで浸かってからが普通なんだが。
君の場合は早い巡り合わせになった、というだけの事なんだろう。」
どちらかと言うとそれはカキネ課長自身が己を納得させようとしているようにも聞こえていた。
「もし、お前さんが感情的に何か支障があるようだったら、俺が代わってやるがどうだ?」
また意外なこの言葉にシロウはハッと顔を上げ
「やらせて下さい、いえ、自分がやります。」と本人も驚く強さで訴えた。
「解った。なら良いが。俺はこのまま局長に現状の報告をする。ついでにそれも伝えておくよ。」
「ありがとうございます。」今度は様々な葛藤の中で絞り出すようにシロウは答えた。
「明日の昼から全体での協議だ。終わったら最終書類を提出し、局長やあっちやそっちの偉いさん方が裁可したらお出かけだ。迷ってる暇なんて無ぇぞ?」
若き官僚の肩を軽く叩きながらカキネ課長は更に続ける。
「ここの所海も静かだし恐らく出たら連中スグにでも行くだろう。
お前の友人の為にも事前の準備だけは怠るなよ。」
「了解しました。」
確かに、もう物事は決まりつつあり、実際に動いているのだ。
自分に迷っている暇など無い。タケナカ・シロウは少し現実に戻って来た。
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