大島政府 探題局 東京海城臨時支所

海城上層

-大島政府 探題局 東京海城臨時支所-

床に雑多に転がったデータクレートを詰めたコンテナ箱を避けながら

入局3年の探題官、タケナカ・シロウは局長のデスクの前に立って居た。

「折角休日を与えたのに出勤したから何か言おうと思っていたが、そういう話しか。確かに興味深いな。」

「ハイ、私もまさか自分の友人からこのような話しが出て来るとは思ってもみなかったので。」

昨晩の酒の臭い等も微塵もさせず、シロウは腰の後ろに手を回し、

直立不動で探題局長に昨夜に聞いた事を報告していた。

そのようなシロウの態度に『硬すぎる』と言う素振りを見せながら、だが今聞いた話の価値を咀嚼するようにオザワ局長も答えた。

「海城出身という事で少々無理を言って抜擢させて貰ったが、早速成果が出たようだな」

「局長の慧眼でしょう」

「この場合は加えて運だろうな。君と私の。」「確かに。」

官僚的修辞のやり取りではあるが、事実は事実として認識している事が

この「大島政府査問庁付探題局」という実務組織に所属する者達の日々を現していた。

「しかし情報の確度はどうかね?君の友人であるし疑う訳ではないが。」

「私自身もそう考えたのですが、彼はそのような嘘を付くような人間ではありません。何よりそのような事を彼がわざわざ話す理由が何もありませんし。」

「単純に考えてそうなるな。」

「彼が目撃したというのも一定の信憑性があります。猟師どころか、鎮台軍の侍連中ですら奥伊豆での単独行動など絶対にしないでしょうから。」

「確かにな。情報がロクに出てこないのも当然と言えば当然か。誰も行かないのだからな」

「報告する前に少し調べたのですが、彼は組合で少し問題があったようで脱退しているようです。」

「自分の友を早々に調べるか。君も大分ココに染まって来たね…」

「仕方がありません、仕事ですから。」

「まぁ良い、それで。」

「旧都周辺等、一般猟師が行く狩場は組合での協調を取っているようで、彼はその組合から脱退した後、単独での忍び猟を続けている。という事です。」

「はぐれ狼って奴か?」

「他の猟師に迷惑をかけない為に、危険だろうが誰も行かない所で猟をする。そんな男です。」

「君の友人らしくない…は多分逆だな。らしいのか。」

「それは…自分でも解りません。ココで一緒に育った友である事は確かです。」

「解った、私自ら来て数日経ったが始めての脈がありそうな情報だ。動く価値はありそうだ。」

オザワ局長は己の思考を幾つか反芻しているように答えた。

「私も勘でしかありませんが、そう思います。」

「そうだな。明日、此処の重老会にも報告を行うとしよう。折角だし君も一緒に行くか。」

「良いのですか?」

「連中もどうせ今私が聞いたような事を聞いて来るだろうしな。現場に近い人間が話せば連中も多少は納得をするだろう。」

「解りました、同席させて頂きます。」


「朝から出払ってるが、カキネ君にも同席してもらう。彼には私から君も同席する旨伝えておこう。」

「はい、それで実際信じられない事かもしれませんが、気になる事が少し…」

「ん?何かね?」

シロウに耳打ちされた局長は珍しく少し驚く。

「それは本当か?」

「偶然、酒場で出会ったモノで…」

周囲に瞬間的に目配りした後、オザワは静かに言う。

「解った、少し場所を変えようか。」


そのような二人のやりとりを、デスクワークに夢中で全く聞いてない素振りをしていた他の若手官の一人が小声で隣の者に伝える。

『やっぱり故郷って事かな、海城の下層出は違うねぇ…』

そんな同僚の声に対し、シロウは心の中で『聞こえてるんだよ…』と苦々しく舌打ちし、局長に促され嫉妬と出世の部屋から別室に滑り込んだ。


別室で話を聞いたオザワは珍しく暫く考えた後、シロウに話し始めた。

「なるほど、嫌な偶然ではあるが…恐らく問題は無いだろう。そもそも今回の件は私の見込みでは大島ではなく連合政府からの話しだ。彼が関係したとしてもさしたる問題は無かろう。現状で下手にあの男も絡めて報告した場合、我々の情報確認能力自体を疑われかねん。確かに気にはなるがな。」

「……排除しますか?」

言った後にシロウは自分の発言に自分で内心驚いてしまっていた。

「本当に君も随分と物騒な事を言うようになったなぁw」

言葉とは裏腹にオザワ局長の目は全く何の感情も表していない。

「別に手段を限定している訳では。」

自分でも驚く程自然に出てしまった言葉に慌ててシロウは取り繕う。

「ははは、殆ど変わらないよ。それに君がそう思う以上に多分、ココの重老連中の方がそう思ってるだろうよ。」

「出過ぎた事を言ってしまい申し訳ありません。」

シロウは神妙な顔で局長に謝罪する。

「実際、現実的な話しとしてあの男を我々がどうこうする事は不可能だよ。」

感情の解らぬ目のまま局長は若き探題官に諭すように付け加えた。

「解りました。」


探題局 東京海城臨時支社の窓には地平線に沈み行く夕日が映っていた。


------

「おーい、生きてるか~?まぁお前の事だから夕方まで死んでるだろうな。」

「姉ちゃんがさ、『人ん家の倉庫に勝手に電鎧置いていった男子は即刻出頭しなさい!』って言ってたから連絡だけするわ。俺はちゃんと伝えたからな。じゃあ。」


リョウマはこの音声録音を聞いた途端に家から飛び出していた。


港からほど近い、『電鎧機猟銃全般諸事引き受け升』と縦剥き看板に大きく書かれた倉庫の片隅にリョウマはポツネンと座らされて居た。

目の前に居るのはハルトの姉のサツキさん、奥で作業をしているのはサツキの夫のゴローさんである。 昨日、二人とも不在であった為急いで電鎧だけを置いて海楼屋に向かったのだが、店に付いてから連絡するのを完全に忘れていたのである。

「反省して?」

「ます…」

友人の姉という事で彼女もハルトと同じく付き合いは長いが、ハルトと同じくどうにも彼女にはリョウマも頭が上がらないのである。

特に猟師となってからは、自分の電鎧の整備等は彼女の夫であるゴローさんに、機猟銃についてはサツキさんに概ね頼んで居る(大分無理を含み)ので、更にその頭は下がる一方であった。


「まぁまぁ、サツキもそれぐらいにして。シロウ君も帰って来てるんだって?

そりゃ昔馴染みで騒ぎたい時もあるさ。」

奥から整備用のコード類をぐるぐると手で巻き取りながら、

小一時間ほど説教されている哀れな若猟師に、夫は救いのケーブルを垂らしていた。

「貴方がそう甘やかすからこの子達はこんなんになっちゃうのよ?」

「シロウ君は新大島で立派なお役人になったって話しじゃないか。」

「あの子は別、問題児二匹は変わらないの。」

引き続き憤慨する妻をなだめながらゴローは昨日脱ぎ捨てられていた

リョウマの骨電鎧をホイストに吊り上げながら面白そうに声をかける。

「言われてしまってるなぁw」

「いや、本当にゴメンナサイ。」


『んで何だって?何処見てくれって?』

電鎧を固定したゴローからそう言われようやくリョウマは本題に入った、奥伊豆で少女を見た事、自分の電鎧に何等かの不具合等が無いか少し心配になった事を説明した。


リョウマの話しを聞き終えたサツキは、大真面目な顔になり、夫に話しかけた。

「いや、アンタそれ…電鎧とかの問題じゃないでしょ…ねぇ貴方。」

「サツキの言いたい事は何となく解るがリョウマ君がそんななぁ…」

「駄目だわ。コレは許しがたい犯罪を起こしてしまう前に何とかしないと。」

真剣な眼差しを向けられたゴローも大真面目に答える。

「お前の友達とかで誰か居ないのか?」

「何人か心当たりはあるけど…あっ、でも駄目だわ。この子が見たのは『女の子』なのよ?!年上では多分、反動制御が限られてしまうわ!」

「おお、確かに。そうかも知れない。」

愛妻の鋭い気付きに夫も同意する。

どうにも違う方向に進んでしまっている二人の話しにリョウマは言う。

「何の話しをしてるんです…」

そんな彼の疑問を完全に無視し、サツキは大仰に頭を抱え夫に訴える。

「『女の子を見た!』とかコレはもう本当に世間様に許されざる問題が起きる前に何とかしないと!私もう心配で夜も寝れなくなるわ!」

余りに盛り上がるサツキの妄想に対しリョウマも大きく疑問を唱えた。

「だから何の話しをしているんです?!」


サツキの一定の冗談(半ば本気だったかもしれない)を脇に置いて、

ゴローは吊るされた骨電鎧から手早く頭殻部を取外すと検査の準備をしながら話し始めた。

「そういや以前に聞いた事なんだけどさ。あの辺りって大昔に国土復帰だがなんだかで、人が移った事があるんだってな。」

サツキは夫が話始めた、初めて聞く話しに少し感心して答えた。

「へー、そんなのあったんだ。」

「俺も遠い昔に爺さんから聞いただけの話しだけどよ。後の話し聞いたら解るけど、それが大失敗したとかでさ。それで秘密にされて知られて無いとか。まぁ良く在る陸への与太話しの一つだと思うけど。」

「失敗しちゃったのか。そりゃ成功してたら皆ソコにお引っ越ししてるわよね。」

「それが只の失敗じゃなくてさ、それなりの人数が移住して、何をやったのか使ったのか解らないけど、機械や端末連中を近付けなくしてまぁまぁ成功したとか。」

「へー」

「それが在る日、ぷっつり連絡が取れなくなって。」

怪訝な表情のサツキが合いの手を入れる

「何か嫌な予感が…」

「心配した調査隊が行った時には何があったのか、移住した人は全部死んでたんだとさ。」

「うわー、何となく予想してたけどそういう話ね。」

サツキが耳を塞ぐ素振りを見ながら、リョウマがポツリと言う。

「ソレ多分、本当だよ?」

「え?」「えっ?」

世間の与太話しとして流してた筈の二人が思いもかけない猟師の答えに驚く。

「多分、ソコなんだと思う。昔、親爺と行った事がある。風が無い所とか骨とか海にも撒かれずそのままだった。」

『…』『…』

「え?何??」

「お前さ、そんなトコ行ったりしてるの?」

「いや、伊豆って言っても奥伊豆より更に奥だしソコまでは流石に行ってないよ。

まぁ近くではあるだろうけどさ。」

それを聞きながらサツキがピンと来た顔で話し始めた。

「それさー、リョウマ君アレじゃない?ユーレイって奴じゃないの?」

ゴローも妻に同意するように頷き合わせる

「考えるとその可能性も高いな」

そんな二人をきょとんした態度で猟師は尋ねた。

「ユーレーってアレ?死んだ人が何とかとか?」

「そうそう、海に還して貰えない人達がさ、『還りたーい、還りたーい』って感じで…」サツキが雰囲気を出しながら説明するが、

相変わらず猟師は理解が出来ぬ顔で「?」と言う態度のままである。


そんなリョウマを見ながらゴローはサツキの肩を叩きながら諭した

「駄目だコイツ、そういうの効かない奴だ。」

何か良く解らないが駄目だと言う事を理解したリョウマは手短に答える。

「まぁそういうの在るのか俺解らないけど、防眼が壊れてるとかの方が嫌だなぁと思って。」

「うわ、超猟師()」サツキが半ば諦め的に顔をしかめて反応する。

ゴローの方は猟師達の現実を知るからか、リョウマの方に同意し

「そりゃ確かにw」と答えた。

「だろ?」

「でも調べたけどアレだぞ。特に問題は無いよコレ。ドコ調べても正常。」

もう一度電鎧検査機器の画面に移った数値と状態表示を見ながらゴローは答える。

「んー。やっぱそうか。じゃあ俺の見間違いかな。」

「そうだとしたらやっぱり今度は、許しがたい犯罪を犯す前にどうにかしないと私心配だわ…」再び元に戻る話題にリョウマは「だからやらねーってw!」と返す。

「まぁ陸の、しかもそんな特殊な場所の出来事だからな。俺らには解らんよ。」

ゴローも信心深い訳でも無いが、さりとて否定も出来ず何となく答えている。

「そっか」

「ひょっとしたら何かそういう昔の端末やらがふとした具合で、過去の映像データを投影表示したとかかも知れないな。」

「あー、確かに。そういう事はあるかもね。ちょっと納得した。」

ゴローの取って付けたような言い訳染みた仮説であったが、猟師は先日の出来事の整合性に対して少し気分は楽になった気がした。

「何にしろ陸じゃ何が起きるか解らない。一応お前の骨電鎧は今日もココに置いとけ。後で俺が全部見といてやる。」

気付けば頭殻だけではなく、背面装甲の隙間から脊椎ユニットを覗き込んでいた

ゴローがそう声をかけた。

「嬉しいけどそんなに金ないよ俺…」

「お前が金持ってるとかコッチも思って無いよw!つべこべ言わず置いてけ。」

「わかった…ありがと」

再び世間への心配をする妻を他所に置いてゴローは『酒臭いからさっさと出てけ。』と言ってリョウマをマキシマ鎧機の倉庫から追い出したのであった。


------

『それでは此にて失礼仕ります。』

 翌日行われた最上層での重老会への報告を終え、シロウはカキネ課長と帰りの海城ライナーに乗っていた。オザワ局長の方はどことなく常に陽の気を持つ人(目は全く笑っていない時がしばしあるが。)だが、このカキネ課長は存在自体に陰を持つような人であり、正直な所、シロウは少々苦手と感じていた。それを象徴するように、既にこのライナーに乗ってからしばらくの時間が経つが課長からは何の一言も無かった。

数刻前の出来事を考え呆然とシロウが窓から海を眺め、もうじき目的地に着くと思っていると唐突にカキネ課長は切り出した。

『君は海城出身といっても下層の出だったな。重老連中を実際に見たのは初めてか。』

様々な意味で思いもかけない課長の問いとその内容にシロウは少々驚いたが、管理域者に嘘を言っても仕方が無い事を理解し素直に答えた。

「はい、実際に見たのは先程が初めてです。」

「まぁ昨日の今日の報告だったからな。アレが全てではないが。大体ああいうモンだ。」

カキネはぶっきらぼうに話す。

「はぁ…」

そして部下の方を一瞥もせず、海を見ながら訥々と話すのであった。

「この商売な、知らなくても良い事、解らなくても良い事も時には知るし、解ってしまう。」

「はい」

「今は安易に人を排除するとか考えなくて良い。どんな善人だろうがそんなモンはこの商売してりゃ勝手に育ってしまうさ。」

「……」

「願わくば友と飲み明かす感覚の方を大事にしてくれ。下らぬ老婆心の愚痴だがな。」「…努力します。」

「まぁ愚痴だ。とにかく支所に戻ったら諸般の準備だけ進めてくれ、私は軍の侍連中と少し調整がある。」

その会話をしている間にライナーはホームに到着する。

公役者しか使用できないホームの為、周囲の人影はまばらだ。

ホームに降りてからシロウは少し逡巡した後、課長の背中に声をかけた。

『あの課長…』

逆の階段に向かう歩みを緩め、カキネはほんの少しだけ振りむき反応する

「何か問題が?」 「いえ、…有難うございます。」

「なんだそりゃw じゃあな。頼んだぞ。」

もう後ろも見ずぞんざいに手を振って課長は足早に階段に吸い込まれて行った。

そんな背中を見ながら、何故あの世代は皆、似たような事を言うのであろうと

シロウは少し心の中で笑ってしまったのだった。

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