「列島崩械」-東京海城編-

@TOMATOMATON

奥伊豆の少女

 「なんだありゃ…」彼が覗いていたスコープに唐突に見えたのは、山間にある機械が作ったとも、獣が作ったとも言えぬ小道を歩く少女の姿であった。 

彼は脳が在り得ぬ事だと認識する事と、今見た物の整合性を取るかのように一度照準器から目を離し、すぐにもう一度愛銃を覗き込んだ。

「………」

道ならぬ道はそれまで数時間見ていたのと何も変わらずソコにただ在り、

少女の姿など微塵も無かった。

『???』この猟師達ですら忌み嫌う奥伊豆の山間に少女など居る訳が無い。

それが普通である。しかし先程確かに見たという事も拭い切れぬ。

その不思議な感覚と同時に彼は本能的な言い計れぬ悪寒を感じ、

獣的な俊敏さで岩間の陰に頭を引っ込めた。

『(ブチ抜かれる?!)』、彼の悪寒は過去の経験からか、それとも己の本能の技なのか。本人も理解が及ばぬ行動の後、慎重に先程まで頭を出していた岩頂を見る。

が、狂った出力のレーザーが来るでもなく、音速に近い飛翔体が飛んでくる事もなく、その何の変哲も無い岩も空も、奥伊豆の森も静かなままであった。

 「………流石に、疲れたか。」

彼はひとりごちてそのまま空を見上げた。

考えれば猟に出てもう10日目である。

横浜での猟に余り成果が無く、この奥伊豆にまで足を延ばしもう3日は経って居る。

『切り上げて帰るか。』

己に言い聞かせるように身に付けた骨電鎧のモードを切り替え彼は山を下りて行った。


第一話

『おーい、もう出るのか~~?』

東京海城、臨海層第三埠板、少々草臥れた機漁船『金剛丸』に猟具を積み込む彼に声をかけてきたのは、幼馴染で市場の仲卸会社に勤めているハルトであった。

『今日最後にカゴ付けたら明日の朝には出る!』上部装甲板でハルトに手を振りながら大きな声で機猟師は猟具の整理の手は休めずに答えた。

ハルトはそのまま機漁船の下にまでやってきて、片腕をポケットに突っ込みながら『とりあえず降りて来いと』手招きをしていた。

「何だよ、俺忙しいんだけどw」

船から降りる途中で、ハルトの少しニヤけた顔に気づいたリョウマは少なくとも思いもかけぬ請求等の悪い事ではないだろうと思いタラッパーフックから降りる。

ニヤけた彼は重大発表をするが如く

「シロウがこっち帰って来るんだってさ!」と、楽し気に報告をした。

せいぜいまた女性関連の話しか、もしくはロクでも無い市場の馬鹿話程度を予想していたリョウマも、予想外の報告に「え?本当に?いつ?」と、ハルトがポケットから差し出した缶入りひじき飲料『ひじき一番!』を受け取りながら答えた。

『さっき連絡あってさ、来週辺りに海城に帰って来るらしいよ。役所の仕事関連みたいだけど。』

『へー。何かしばらくは大島府から出られないとか言ってたのに意外と早かったな。』『でも来週かぁ。俺、戻って来れるかな。』

『お前、また奥伊豆とか行くつもりじゃないだろうな…海城に戻るどころか、いつかこの世に戻って来れなくなるぞ…』

『陸で死んだら猟師としちゃ本望だよ。親父もそうだったし。』

『……』

『おいなんだよ。言いたい事あるなら言えよ。』

『もうとっくに言ってんだよ馬鹿がw まぁ良いわ。シロウも帰ってくるっつっても着いたらスグ仕事らしいから。休み取れたら飯でも喰おうって。お前が生きて帰って来たらな。』

『まぁまだ死ぬつもりも無いから帰ってくるって』

『そういう機猟師から気付いたら戻って来ないとかお前も解ってんだろーが。』

『へいへい、じゃあせいぜい旧都か横浜辺りで小物でも獲って大人しく帰って来るよ。』

『絶対だぞ?!』

『お上の沙汰に従いまする。』機猟師は少しふざけて答えたのであった。 


-----結局、旧都には行けない彼が横浜の隅で猟をしたものの、その猟果に納得いかず、奥伊豆まで足を延ばした結果が先日のあの体験という事だったのか、と独り感じ、リョウマは金剛丸の情報画面を見るでもなく見ていた。

夜明け前の地平線に海城の灯が微かに見え始め、『ピン』という小さな音の後、見ていた処方画面が海城領域に入った事を示す緑になったのを確認すると、

ゆっくりと金剛丸の無線機を手を取り早速ハルトに無線をかけた。

 少し経った後、聞きなれた声がヘッドフォンから聞こえて来た。

電話口に出たハルトは映像通話が見えずとも手に取るような憮然な声で、

『いつからウチの無線は海底冥界につながるようになったんだ?』と、出るなり答えたのであった。

『残念ながらコレは現実の電話で機漁船金剛丸、船長リョウマからの電話』

約束に遅れた申し訳なさと、また生きて帰った報告と併せ、ヘッドフォンから聞こえるハルトの怒声を機猟師は黙殺していた。 

しかし心に残ったのは『アレは何だったのだろうか。奥伊豆の山で少女を見たと言ったらハルトは何と言うだろうか。』そのような事を考えながら機猟師は海城に戻るのであった。



 『すらーい、すらーい!』

埠板の水揚げ場で機漁船に付けたカゴを降ろしていると、

ハルトが伝票端末でリョウマの頭を叩いていた。

「さっさと戻って来いって言ったよな?」

「成果が悪かったから仕方ないだろ…」

友の当然と言えば当然の追求だが余りのしつこさにリョウマも少々反抗しながら答える。

水揚げ人に駕籠の引き渡しのサインをすると彼はハルトの方に向き直って尋ねた。

「シロウはもう着いた?」

「3日前には着いてるよ。出迎えた時に少し話したけどやっぱ忙しそうでさ。それ以来まだ会ってない。」

「ホラ、じゃあコレぐらいが丁度良かった。」

そんなドヤ顔をするリョウマを見て呆れて答える

「結果論を自慢にするの止めてくれんか?」

ハルトも何だかんだで危険な陸に行き、猟を行っている友がまた生きて帰って来た事には安堵しているのであった。

(本人はそのような優しさを絶対に言わないが。)

「今朝、お前が帰って来たの連絡したらさ、明日の晩なら時間取れそうだから飲みに行こうって」

「了解。今日中に船片づけとく。」


----

『 東京海城 』人類社会が崩壊する以前、千葉沖に作られたメガフロートを基にした現在では数少ない海上の人類生存域の一つである。 崩壊前に数十億に至った人類、この小さな島国でも最盛期には億の人間が居たヒトの社会は現在ではこの東京海城を始めとした離島や海上施設に分散し、数百万にも満たない数にまで減少していた。

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東京海城下層、カブキ区

「海楼屋」と書かれた看板の前にリョウマとハルトは幼い頃の昔話しなどをしながら共通の友を待って居た。「よぉ!リョウマ!久しぶり!」二人が振り返ると立派な裃(以前では背広と言った)を着たシロウがやって来た。

「おー、下層一の出世頭さん!」

明らかに自分達とは違う世界に進んだのが解るシロウの服装を見て、リョウマも皮肉混じりに言う。

『下賤の者達に比ぶれるでないぞ?!』シロウもそれに答えるように大仰しく反応した。

『アホw』『たわけw』『揃ったし中入ろう』

互いに腕をぶつけ合いながら三人は昔馴染みの店に入って行った。


『ワカメビール3丁!』

海楼屋大将の声が店に響き渡る中、三人は再会の乾杯をしていた。

「いやー、何年ぶり?2年?3年?」

ハルトの曖昧な推量にシロウが正確に訂正する

「正確には3年と1ヶ月ぶりだな。」

「相変らずだな。しかし結構経ったなぁ。」

「探題局の仕事ってやっぱ忙しいのか?」

リョウマも立派になった友に何気なく質問をぶつける。

「まぁ俺みたいな下層出身でも入れる所だからな。

 簡単に言えば何でも屋だよ。つまり暇が無い。」

「仕事があるってのは良い事だよ君ぃ」

すっかり雇人となったハルトが訳知り顔で喋りだす。

「まぁ、陸行けば居るから。」

そんな古い友人二人の反応を見て、心底感を出してシロウも答える

「俺もそういう方向が良かったのかもなぁ…」

「何?何?なんか遠回しな自慢?」

「やめとけ違うだろ。そんな大変?」

「仕事自体が嫌って事ではないけどな。まぁ色々だよ。」

「今日の此処は海楼屋だ!上層や新大島の後宮料亭じゃない!取り敢えず飲め!」

「おー、いいぞ!俺は今日、上司に相談したら明日は休日貰えたからな!」

「何だよ良い役所じゃねぇか!そんな甘ちゃん野郎に下賤商人代表として俺は絶対に負けねぇ!」

「俺あんま酒飲めないし…」

早速騒ぎ始めた3人だが始まりのワカメを豪快飲みしていたシロウの表情が少し変わる。

そんなシロウに気付きハルトが尋ねる「何?どした?」

「すまん、仕事関係の知り合いだわ。」

「偉い人?」

「そういう人はこんな店来ないよ。(大将が若干睨む)ハワイ留学の時に少し世話になった人。」

「あー、そういう。」

「無視も出来ないし挨拶だけしてくるわ。」

リョウマとハルトは即座に仕事の顔になったシロウを見ながら、友が立派になった事を素直に喜ぶ半面、自分達とは全く違う世界に行った事を改めて感じ寂寥感を覚えるのであった。


シロウはカウンターに独りで座っていた花柄のシャツを着た男性に少し頭を下げ、

声をかけ何かを話していた。その様子を飲みながら何気に見ていた二人だったが、

裃の上着を脱いだ友がカウンターから頭をかきながら戻って来る。

「あー、なんかさ。あの人ドウジマさんって言うんだけど、出来たら一緒に飲みたいって…」

「俺は別にいいよ」

「いいじゃんいいじゃん、俺も上層とお近づきさせてくれよw」

「だからそう言うんじゃねえってw!」

「なんだーい、タケナカ君の幼馴染って聞いたらからどんな優等生だと思ったら随分と楽しそうな友人達じゃないか!」

「ドウジマさん…」

ドウジマは手に持ったジョッキを差し出し一言尋ねた。

『一緒に…良いかな?』


-----

シロウとドウジマ本人の飲んだくれな説明からは、漠然と男は元々ハワイ出身のエリート(コレは秘密にしておいて欲しいらしい。本当か?)だと言うが、色々事業に失敗して結局、ココ東京海城に流れて来た落伍者という事であった。

「いや本当に!タケナカ君や君らのような若者達はもっとお上を突き上げるべきなんよ!」

「おー!話し分かる!流石はもう故郷に戻れない男!」

「海城こそが我が第二の故郷!僕が居る所が存在の証!」

「何言ってんだこの人…w」

瞬間に溶け込んである事無い事を話し出すドウジマを、リョウマも楽しく見ていた。

「すまん、こう言う人なんだ。」

「しかし何だね君ら、こんな男ばかりで。君らは女性と言う生物を知らんのか?!」

「僕の収入では縁がありませーん!!」「あんま興味無い。」」

「ちょっとドウジマさんw」

「俺が君らの頃とかさぁ、それはもう今日はAちゃん、明日はBちゃんとやってたモンだよ?!」

「絶対嘘だ!」「そんな事は在り得ない。」「ちょっと貴方」

「何だよ君ら、僕の過去の何を知ってるって言うんだ?!」

「さっきから『人生の落伍者』の与太話聞かされてまーす。」

「やっぱ俺は陸に居るのが良い」

「君達はそんな惰弱な姿勢だから女性に縁が無いんだぞ!」

「意味が解らん」

そんな馬鹿げた話をしているとハルトがフト切り出した。


「そう言えばリョウマなんて女に縁が無さ過ぎて、もう限界突破してるみたいなんですよ。おい、シロウも何か大島美人とか居たらお前紹介してやれよw」

「居たら自分で狙ってるよ」シロウがジョッキを叩きつけた。

「何だい何だい、リョウマ君も見るトコ見たら良い男じゃないか、職場にそういう女性とか居ないのか?!」

ドウジマは瓶ワカメをリョウマに注いで話しかける。

ジョッキに酒を注がれながらリョウマは少し神妙に

「自分、機猟師なモンで…」と端的に返した。

「あー、あー。そうだな。そうだったな。すまん。」

ドウジマ氏は変な同情心と理解を示して猟師に謝罪してるなかハルトが話しを続ける。

「んでさぁ、シロウにも言ったけどコイツ帰って来るの遅かったじゃん?おいそこのアホ。」

「うっせぇ」

「そういや予定じゃもう少し早く帰って来るとか言ってたな。

まぁ俺も着いてから忙しかったから丁度良かったけど。」

ジョッキを自分の顔の真横にかざし、リョウマはハルトに向けて

『どうだ』と言わんばかりの酒で真っ赤になった顔を向ける。

「だから結果論…まぁ良いわ、コイツ奥伊豆で一人で猟とかしてるんよ。」

何杯目かもう解らぬワカメを飲んでいたシロウが危うく噴き出しそうになり。

リョウマの顔を見る。

「お前、あんなトコで一人で猟なんかしてんの?!」

諸般を知るシロウはリョウマに呆れた顔をする。

「まぁ俺も色々あって…あそこは親父に昔連れてかれた事もあるし…」

「いや、それにしてもな」

行動の割に、大した理由も無い友にシロウは益々はあきれ顔で答える。

「そうだよ、シロウももっと言ってやってくれよ。コイツ何時か陸から海城じゃなく。この世に戻って来れなくなるって。」

ドウジマ氏はそんな3人のやりとりを何時から引っ張ってきたのか、

テーブル脇に少し離れて置いた椅子に座り眺めていた。


説教が嫌で何気なくドウジマ氏を見ていたリョウマであったが

『そうか。君らは生きて居るんだな。』と、海楼屋の天井を見上げながら確かに男がつぶやいたのを聞き逃なかった。


そんなドウジマの嘆独に全く気付かないハルトが更に話しを続ける

「そんでさ、こいつまた奥伊豆行って遅れたらしいんだけど、奥伊豆の山中で女の子見たとか言ってさ」

「見間違いだっつってんだろ。疲れてたんだ。」

「女日照りにも限界ってモンがやっぱあるんだなw」

リョウマとハルトはそんな馬鹿なやり取りに、残された二人がどう返すのか期待したが、そこには不自然な一瞬の間があった。

ほんの僅かな一瞬であったがシロウは「お前本当にそんなモン見たのかよw限界超えてんだろw」と、リョウマから見れば少々不自然な笑いを乗せて答えていた。

ドウジマ氏は椅子の背もたれに顔を伏せて

「いやー、コレはもう、もっと直接的なサービスとか教えた方が良いかもなぁ」と、

誰に言うとでもなく笑いを堪えて言っている。

「そうでしょ!だから哀しきリョウマとシナガワ・ハルト君にそういう場所に出漁する資金援助を!」

「何でお前がしれっと混ざってんだよw!」シロウが馬鹿を見る目で突っ込みを入れる。

「僕もそういう事には出資は出来ないかなぁw」ドウジマ氏も楽しそうに反応する。

笑い話しとして過ぎ去る所に、リョウマはワカメアルコールからくるしゃっくりの合間に少し確かめたくてシロウに聞いた。

『ウィ…………何かある?』

シロウは口に付けていたジョッキを置きほんの一瞬考えた後、

『…いや。何もないよ。』とだけ答えた。

しかしその眼はもう既に酔っていない事に猟師は気付いていた。

リョウマは端的に『そっか。』とだけ言い、ツマミの東京海城名物『鯖とば』を口に放り込んだ。


その後も数時間飲んで居たが、大将につまみだされるように3人+独りで4人に増えたへべれけ集団は店の前でフラ付いていた。

「いやー、久々に楽しい酒だったよ有難う!東京海城万歳!」

ドウジマ氏は右に左にフラフラとしながら大声で叫ぶ。

「僕らも存外に上層の裏話とか面白かったです!」

「あー。コレもう明日絶対無理。死ぬ。」

「すいません、ドウジマさん。こんな連中で。」

「いやいや、謝るのはコッチだよ、タケナカ君の同窓会に乱入してしまい申し訳ないウェーイ」特にそこまで気を使ってるのか居ないのか呂律も半端にドウジマが礼を言う。

「そんな事は」

「じゃあココで解散かな?それともアレなトコに出猟するのかーい?」

「そんな金は~……ありませーん!」

期待通りのハルトの答えに「遊べるのは若いウチダゾー」とドウジマは適当な事を並べる

『()()()』リョウマは大海原に戻る海城の水の様に何かを床にリバースしている。

「お前…。重ね重ね申し訳ありません、ドウジマさん。それでは今日はコレで」

「おーう、ホントウニアリガトネー」と、散々フラフラになっているように見えるドウジマ氏が

シロウに倒れ込んだ。

「ちょとっとー二人とも大丈夫ですか~w」

ハルトはもう完全に男に慣れたのか特に心配も無い調子で倒れた二人に声をかけていた。

一緒に倒れた探題官にドウジマは小声で耳打ちする。

『さっきの話し、君らは何か動いてるのか?』

『……』

『まぁいいよ、友人を大切にな。』



シロウは心の中で既に明日の休日を取り消していた。



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