第3話 鋼鉄の影、空を覆う帝国軍
頭上から降り注ぐのは、冷たい雨だけではなかった。
青白い光の束――飛空艇のマナ・リアクターから放出される余剰エネルギーの残滓が、霧に包まれた森を不気味な燐光で染め上げていた。
「くっ……!」
ニクスは腕の中のヘーメラを守るように抱き込み、大樹の根元に身を潜めた。
だが、無駄な足掻きだった。上空に静止した高速追跡艇の船腹から、金属音と共にワイヤーが射出される。それを伝って降下してきたのは、帝国が誇る魔導兵の精鋭たちだ。
ドサリ、という重苦しい足音と共に、六人の兵士がニクスを包囲した。
彼らが纏う漆黒の魔導鎧からは、絶え間なくマナが漏れ出している。その「音」は、ニクスにとって不快な耳鳴りのようだった。万物に宿るはずの旋律が、自分という「虚無」を拒絶し、押し潰そうとする圧力。
「――聖女ヘーメラ。および、正体不明の男一名。確保対象を確認」
兵士たちの中心から、一人の男が歩み出た。
装飾の施された銀の鎧。腰に下げた魔導剣からは、他の兵士とは一線を画す高密度のマナが立ち昇っている。帝国の魔導千人長クラスの強者だ。
「……彼女を、どうするつもりだ」
ニクスは声を振り絞った。恐怖で奥歯がガチガチと鳴る。
マナを持たぬ身では、彼らが放つ威圧感だけで心臓が止まりそうだった。
「どうする、か。貴様のような不響和音(ノイズ)に答える義理はないが……強いて言うなら、『あるべき場所』へ戻すだけだ。彼女はこのアンティフォナ大陸を維持するための、尊き『礎』なのだからな」
千人長が冷酷な瞳でニクスを射貫く。
彼らにとって、ニクスは人間ですらない。排除すべき障害物か、あるいは視界に入れる価値もない塵だ。
「離せ……。彼女は、嫌がっている……!」
「黙れ。不浄な者が、聖女様に触れるな」
千人長が軽く指を弾いた。
それだけで、大気中のマナが急激に圧縮され、目に見えるほどの衝撃波となって放たれた。
「がはっ……!」
まともな防御術も持たないニクスの体は、紙屑のように吹き飛ばされた。
背中が岩に激突し、肺の空気がすべて漏れ出る。視界が火花を散らし、口の中に鉄の味が広がった。
「ニ……クス……くん……」
泥の中に投げ出されたヘーメラが、弱々しく手を伸ばす。
だが、その手は冷酷な鉄靴によって踏みつけられた。
「……ぁ……っ」
苦痛に顔を歪める彼女を見て、ニクスの胸の奥で何かが爆ぜた。
怒り。無力感。そして、理屈を超えた衝動。
ボロボロの体を引きずり、ニクスは這い上がろうとする。爪が剥がれ、泥が傷口に混じるのも構わずに。
「やめろ……。彼女から、その足を……どけろぉぉ!」
立ち上がろうとするニクスの頭上。
滞空していた飛空艇が、その巨躯をさらに低く下げた。
船首に備えられた主砲――マナ収束砲が、冷徹な死の光を蓄え始める。
逃げ場はない。
空を覆う鋼鉄の影が、ニクスの絶望を嘲笑うかのように、その圧倒的な質量で森を制圧していた。
双星のアンティフォナ ―虚無の俺が死に戻りの経験値で最強へ至るまで。帝国に追われる聖女を救うため、俺は千の絶望をこえてレベルアップする― ユニ @uninya
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