デス・パレード!オールラウンド─最弱兵士は”噂にならない怪異”─喰異怪奇《ヴォイド》
6月流雨空
一章
第1話 最弱兵士の隊長は窮地に陥らない
悪い。ちっとも上手く人間様をやれなくて。
生きていくことぐらい俺にもできると思ってた。
少しばかり他人より努力すれば出来るなんて世迷言だと思い知った。
恐怖が噂になる世界で、俺は誰にも恐れられなかった。
都市伝説は、なぜか俺を襲わない。
武器すら持たない俺は「都市伝説に殺されない最弱兵士」として名が知れていた。
IT技術の加速度的な進歩により世の中は便利になったが、
新たな脅威も生まれた。
SNSや動画サイトの拡散によって生まれる「都市伝説」は、
現代世界に実在する怪異として顕現し、人間を襲っている。
しかしインターネット遮断は現実的ではなく、
人類は「恐怖を止められない世界」で怪異と戦うしかない。
世界政府は対抗策として
都市伝説討伐機関(UTD) を設立。
そこで第七部隊の隊長を務めていた。
燐碧が廊下を歩いていると前方から本部のお偉いさん──
「全く嘆かわしいな。戦えない最弱兵士が東京支部最強の第七部隊の隊長とは」
「成績が良いからな。俺の采配が的確過ぎて、さぞ敵も嘆かわしいだろう」
ピクリと眉を動かす上官は面白くなさそうだ。
「貴様の部隊は隊員の生存率が他の部隊より高いだけだ!」
「それに越したことはないだろう。他に欲しい功績があるとはたまげたな。
ぜひお前の挙げた功績を俺の心に響くように伝えてくれないか」
「貴様は嫌味しか言えんのか!」
耳をほじくる燐碧は飽きたとばかりに指先に息を吹きかけると、ひらひら手を振ってその場を去った。
自室でもある隊長室に入ると座り心地のいいチェアーに腰かけ、デスクに並べられた資料の山に目を通す。
ここにある資料は日本で目撃された都市伝説に関する情報を集めたものだ。
燐碧は毎朝、資料を読み込み、
自分の預かる部隊のレベルに合った都市伝説──討伐目標を決めていた。
俺は二度と街を消すような──人の心が消えるような事態を引き起こさないように、この機関に所属している。
小さな芽もほっておけばいずれ取り返しがつかなくなる。
燐碧は書類に目を通しながら読み上げていった。
人の恐怖──書かれた文章ではなく読み上げることで感情を理解するためだ。
「いつも乗っている電車で最近不穏な噂が流れている。
日暮里駅と京成上野駅の間で目撃情報。
廃駅となった博物館動物園駅があり、
古びたホームや壁に描かれたペンギンの絵が一瞬見える場所で長い行列が見える」
見えるだけなら不気味に思うだけだが。
「廃駅にも関わらず電車はここで停まってしまい、
行列の都市伝説は電車に乗り込むと乗客に紛れ込む。
代わりにいつの間にか乗客たちは行列の中に紛れ込んでしまい、
廃駅の中へ姿をくらます事件が多発している。
悲鳴が聞こえた、
死体がホームに転がっているのを見かけたという目撃証言もあり」
さらに資料をめくっていくと一人だけ具体的な被害者の情報が記載されていた。
「女子高生による目撃証言? ああ、直前にナンパされていたのか。
大学生だと名乗った男性がいつの間にか自分の前を歩いていた。
この男にはついていきたくないと思い意識が戻る。
直後、目の前の男性の体が複数の人間に似た何かに喰いつかれたかと思うと、
スライムのようにドロドロに溶けていき、
その何かはずずずずと啜って男性を呑みこんでいった」
女性はこのあと全力で逃げ切り電車に戻って生還。
「原型を留めている死体の目撃証言もあるが、
捜索すると死体も見つけられず、行方不明となった乗客の生死は不明か。
まぁ、十中八九呑まれているだろう」
しかし、レベル的にはそこまで強敵ではない。
まだ多くの目撃者がいる状況で、数人が消えている程度だ。
今のうちなら討伐可能だと燐碧は判断。本日の討伐目標を決めた。
討伐のため夜間に電車を動かしてもらい、部隊を乗せて現場に向かう。
目標の目撃情報のあった現場で噂通り電車は強制的に停車した。
だが、想定内だ。燐碧の指示通りに隊員は配置につき、特殊武器を用いて都市伝説と戦闘を開始した。
討伐機関の隊員たちは
科学技術と都市伝説由来の力を融合させた特殊武器を用いる。
行列をなしていた都市伝説は一体の怪物の姿へ変貌し、
隊員たちの弾丸が火花を散らした。
燐碧は後方で指示を飛ばし、状況把握に努める。
しかし、状況が一変したのは行列の都市伝説を
討伐一歩手前まで追い詰めた時だった。
突如、空間の空気が二度ほど下がった。
血しぶきが舞ったのと、暗闇が広がったのはどちらが先だっただろうか。
一気に冷えた戦場の空気に悪寒を感じたときには、昏い闇が戦場を支配しており、線路からホームに居る行列の都市伝説と隊員たち数名を巻き込む一撃が放たれた
刹那──飛び散る死屍累々。
血の雨が降りしきる中、行列の都市伝説はその場で割り込んできた別の都市伝説に喰われた。
今この瞬間、一秒ごとに死が積み重なるこの場所で、煙草の匂いだけが場違いに穏やかだった。
燐碧は、その匂いの主をまだ視界に入れていない。──そんな余裕がない。
特殊武器と相性最悪。だから俺は戦えない。
都市伝説と戦うには専用の武器が必要だ。
それすらまともに扱えない。
――最弱の称号には、ちゃんと理由がある。
それでも俺は隊長だ。
前に出られない代わりに、生き残る配置だけは間違えない。
──勝つ必要はない。
生き残らせるだけでいい。
その一点で、俺はこの階級に居座っている。
この椅子を欲しがった覚えはなかった。
──未来さえ、目に映るのなら壊してしまいたかった。
──過去がこの目に映るのなら息を止めたかった。
だから、他人様だけ生かし続けることが得意になっていった。
コンクリートの壁と肉片を砕きながら、部下がまた一人、目の前で消えた。
生存を天秤にかけるまでもなく階級を返上したい瞬間は今まさに。
ただ一つの心さえ守り抜けないなら俺が隊長の椅子に座っている意味が無い。
さらに二人目の部下の存在が消えたときには、
こいつが“災厄級”の都市伝説だと頭が理解した。
この職業を選んだ理由は一つ。燐碧自身が災厄級の都市伝説の被害者だからだ。
災厄級。顕現した時点で街が一つ消える。それはもう台風の到来だとか、津波に飲み込まれるといった自然災害とは一線を画する恐怖そのものだ。
闇の手が地面から無数に伸び上がって来た。
空からは無数の生首が口を開けて落ちてきた。
手に捕まったものは四肢をちぎられ、生首に噛まれたものは、
そのまま全身を喰われた。
燐碧は聞いたところによると女性の死体──腹部の中から見つかったらしい。
しかし、女性の死体と血の繋がりはなかった。
――だから俺は、“街が消える”より先に、“心が消える”のが怖い。
もっとちゃんと話してほしい。心の中を聞かせてほしい。
そのまま消えないでくれ。
──人間と繋がる証明を喪失した俺の存在を常に否定形の泡沫が沈めていく。
無線で全隊員に即時撤退命令を下す。
俺が生きているうちに本部へ。
「災厄級が出た。エリート部隊を寄こせ。俺の墓場にまで顔を出すんじゃねぇぞ」
言うだけ言って通信を切る。顔を上げてみれば全隊員、逃げ切れずに全滅。
白い背景の中に自分一人だけが異物のように立っている感覚だった。
足元には踏み潰された心をカタチどる花弁のような何かが
赤い血にまみれて汚されていた。
ぐちゃぐちゃと硬い靴底で心の残骸を踏み潰しているのは他ならない自分だった。
──守り切れない代償とはこういう行為だ。
現場に到着してから──いや、こいつが現れてから、わずか2分の出来事だった。
──また生きて帰ったら、ベッドに潜り込んできた“あいつ”に叱られるんだろうな。
そんな、どうでもいいはずの光景が、脳裏をよぎった。
目の前には全体像が見えないほどデカい闇の塊が蠢いている。
まだ姿すら現していないのにこの状況。
考えろ。やはり俺だけ攻撃されずに生き残ってしまったのだから。
呼んでしまったエリート部隊。
心を抱えた人間様が戦場に押し寄せてくる前に──いや、それよりもここに一般人をこいつが誘い込む前に。
「余計な仕事を増やしやがって。生きているせいで──第七部隊の隊長として忌々しいことにてめぇを足止めする方法を考えなきゃならねぇ」
死にたいとも思っていないが、
九死に一生を得てまで必死に仕事をしている自分が滑稽に思えてくる。
そんなに良心にしがみつきたいのか──“お前には一ミリも似合わないぜ”
などと俺の中の何かが煩くわめいていた。
こんな状況の中で独りよがりな願望がまた一つ増える。
──俺の中の何かが鏡に映るのなら鏡を叩き割るための鋼の拳が欲しい。
そんなことを考えていたら背後の柱の陰から
この場にそぐわない青年の笑い声が聞こえた。
「誰だ?」
「っぷ、くっく。お前、面白いな」
姿を現したのはアイドルの衣装かと思うほど装飾が施された服を纏う
赤髪の青年である。
先ほどから背後に生きている気配を放っていた人物か。
「俺は面白くねぇな。こんな状況でこの場所から動かずに煙草をふかして
静観していたお前を人間様だと思うほど俺の脳みそはめでたくねぇよ」
「正解だ。いいねぇ。頭のいい奴は嫌いじゃない」
最悪だ。こいつも都市伝説。この状況で都市伝説の挟み撃ち
──当然、俺に弾丸はない。
しかし、こいつは予想外の行動に出た。
「こんな奴にやられるほど、お前は弱くないだろ」
災厄級だぞ。エリート部隊でも討伐は難しく、力を削ぐのがやっとという相手を前にして、“俺が弱くない”?
ギシギシと心が軋む。
鏡の内側から的外れなミュージックが流れてくるようなざわつき。
確かな違和感。
だが、確かめる暇もなく青年は目に映らないスピードで動いていた。
爆風が巻き上げた砂ぼこりで視界と嗅覚の機能はやられたが、
聴覚が激しい爆発音を耳で拾っていた。
「キエエエエエ……!」
耳をつんざくような悲鳴。どちらが上げたものなのか判断がつかなかったが、
即座に襲ったのは浮遊感だ。
「おい!」
「キャハハハ! 内臓を喰ってやったら泣き喚いてたぜ! つまんだ程度なのにな!」
俺はいつの間にか青年の肩に担がれて空を飛んでいた。
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