殻のまま

FUKUSUKE

卵焼きを作った日

 何冊目だろう。

 ずっと温めてきた小説のプロットや設定を書くために、また新しいノートを開く。


 アイデアは浮かぶ。

 けれど文章にしようとすると、別の話を思いついてしまう。

 ページを閉じて、ノートをテーブルの端に置いた。


 夕方になって、冷蔵庫を開ける。

 卵が残っていた。


 ボウルに卵を割り入れ、箸で溶く。

 白身がなかなか切れない。

 だしを入れ、刻んだネギを加える。

 紅ショウガの瓶を手に取って、少し迷う。

 入れなければ、失敗はしない。

 少しだけ残っていたのが気になって、刻んで卵に落とす。

 母は必ず入れていた。

 私は、入れずに作ってきた。


 フライパンを温め、卵液を流す。

 最初の一巻きで形が崩れる。

 ネギが引っかかって、うまく巻けない。

 何度か直して、卵焼きになる。


 皿に移して、一口食べる。

 悪くはないけれど、紅ショウガは少し多かったかもしれない。


 皿を流しに置き、フライパンを洗う。

 紅ショウガの瓶を戻し忘れていたことに気づき、席を立つ。

 戻ると、テーブルの端にノートが開いたままだった。


 今さら何を書けばいいのかは、分からなかった。


 ノートの余白に日付を書く。

 それだけで少し時間がかかる。

 その下に一文だけ書いて、ペンを止める。

 うまくいっている感じはしなかったけれど、殻の中よりは息ができる気がした。

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