第6話 傷あと

夕方。

看板を裏返し、余分に作ったパンと、売れ残ったパンを袋に詰める。


人間自治区の孤児院までは、歩いて三十分。

焼きたてではないけれど、子どもたちは気にしない。


「今日は丸いの多いよ」「私これ好き」

「甘いのある?」「わあこれ顔になってるよ」

そんな声を背中に、私は帰り道についた。


日が落ちる直前、足が止まる。


瓦礫の影から、大きな何かが這い出してきた。


角と牙。

名前を知らない魔物。


袋を抱えたまま、私はへたり込んだ。


――ああ、ここで終わりか。


次の瞬間。


耳を裂くような音。

白と黒の光が、視界を塗り潰す。


風が吹き、地面が跳ね、壁が崩れる。


気づいたとき、魔物はいなかった。


路地は抉れ、石畳は砕け、

まるで最終戦争のあとみたいだった。


私はやっと立ち上がり、小走りで店へ戻った。


翌朝。


午前七時。

腕に巻いた包帯が、少し邪魔だ。


黒革の男が、私の腕を見て形相を変えた。

灰色のコートの紳士が、静かに視線を逸らす。


「貴様が余計な介入をしなければ」

「放置する選択肢はなかった」


棚のパンが、かすかに震える。


私はトレイを置いた。


「お客さま」


扉を指さす。


「他のお客さまに迷惑です。外でどうぞ」


しばしの沈黙。


やがて二人は、何も言わずに外へ出た。


店内に、いつもの朝が戻る。


今日も、砂は混じっていない。

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砂の混じらぬ聖域 まろえ788才 @maroee788

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