半分くらい

FUKUSUKE

もう一個

卵を落とした。

買ってきた袋から出した拍子に、手が滑った。パックごと床に落ちて、蓋が少し開き、中でいくつか割れていた。半分くらい。床には、ほとんど広がらなかった。


すぐに拾わなかった。どうしていいかわからず、しばらく立ったまま見ていた。


卵を割ると、腹が立つ。

自分に対してなのか、卵に対してなのか、わからない。

もったいない、と思うより先に、何かが先に来る。


そういえば、オカンは卵を割ってしまったらサーターアンダギーを作っていた。


思い出したとき、スマホを取り出していた。

「サーターアンダギー レシピ」と打ち込んで、検索ボタンの直前で止まる。

画面を見つめる。

何をしているんだろう、と思った。


スマホを置いた。


初めて食べたときのことを思い出そうとする。でも、はっきりしない。油っぽくて、甘くて、喉が渇いた。それだけ。正直、そんなにうまいとは思わなかった。それでも、もう一個食べた。なんでもう一個食べたのかは、わからない。


サーターアンダギーは、近所のおばさんに教わったのだと、オカンは言っていた。時々、家に来ていた人らしい。それ以上のことは、何も知らない。


顔も、声も思い出せない。

本当に会ったことがあるのかさえ、確信が持てない。

ただ、オカンが「近所のおばさんに教わった」と言っていた、という記憶だけがある。


でも今は、オカンにも、そのおばさんにも、作り方を教えてもらえない。


割れていない卵を取り出す。

パックの中で割れた分も、ボウルに移す。


砂糖を入れて、小麦粉を入れる。量は、わからない。たぶんこんなものだと思う。根拠はない。


混ぜる。ダマが残っている。でも、止めない。止めてどうするのかもわからない。


鍋に油を入れて火をつける。

箸を入れる。泡が出た。たぶん大丈夫だと思う。


生地を落とす。

沈んで、浮いてくる。

丸くならない。形はばらばらだ。オカンが作ったやつは、もっと丸かった気がする。気がするだけかもしれない。


それでも、揚がる。


油から上げて、皿に並べる。

全部、サーターアンダギーの形をしている。少なくとも、そう呼べるものにはなっている。


ひとつ食べる。

熱い。舌を火傷しそうになる。


少し冷ましてから、もう一度口に入れる。

油っぽい。甘い。喉が渇く。


あのときと、同じだった。


うまいとは思わない。

それでも、もう一個、手に取る。

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半分くらい FUKUSUKE @Kazuna_Novelist

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