第9話 自覚がないのが、一番ずるい

「で、お風呂どうする?」


結菜が、布団の上に腰を下ろしたまま言った。


「四人くらいなら一緒に入れそうですし……先に私たちで、そのあと悠斗さん、でいいんじゃないですか?」


「え、俺、最後?」


「当然」


結菜は、間髪入れずに言い切る。


「檜風呂には、私が一番に入るの」


そう言い終わるより先に、結菜は風呂場のほうへ駆け出していった。その背中を見送りながら、悠斗は苦笑する。


「……はいはい」


「行こ、詩」


雅が軽やかに声をかける。


「うん、雅ちゃん」


詩が立ち上がり、少し遅れて紗季も腰を上げた。



扉を開けた途端、檜の香りが湯気と一緒にふわりと立ちのぼる。


強すぎず、どこか甘くて、思わず深呼吸したくなるやさしさだった。床も壁も湯に温められていて、足裏に伝わる感触まで、やわらかい。


「……すごい」


雅が、思わず声をもらす。


「……いい匂いですね」


詩も、静かに感心したように言った。


結菜はすでに湯船に沈み、肩まで浸かって目を閉じている。


「最高……帰りたくない」


湯に身を委ねると、昼間に溜まった疲れが、じんわりとほどけていく。肩の力が抜け、呼吸が、自然とゆるやかになる。


雅は湯船の縁に腰をかけ、足先をそっと湯に浸しながら、紗季を見た。


「紗季さん」


「……なに?」


「今日、とっても楽しかったです」


屈託のない笑顔で、雅は言う。


「似てるって言われるの、最初は変な感じでしたけど」


「……うん」


「でも、今は嬉しいです。紗季さん、大人っぽくて、品があって……それに、すごく優しくて。憧れです」


湯気の向こうから、詩が淡々と口を挟む。


「雅ちゃんは、うるさいし、落ち着きがないから」


「ひどい!」


雅が抗議の声を上げる。


「でも……詩の言うとおりかな?」


その一言に、全員が笑った。


檜の香りと、柔らかな笑い声が、湯気の中に溶けていく。



しばらくして、先に入っていた四人が風呂から上がる。


「悠斗先輩、次、どうぞ」


詩が丁寧に言った。


「ありがとう」


悠斗が立ち上がる。


風呂場へとつづく扉の前で、紗季とすれ違うその一瞬、二人の視線がそっと触れ合った。


「……ゆっくり入って。ちゃんと、疲れ取ってね」


その声は、悠斗にだけ、どこか優しかった。


「うん」


短い返事。


その背中を、結菜と詩が並んで見送る。



風呂から上がった悠斗は、結菜と並んで縁側に腰を下ろした。夜風が、ほてった肌に心地よく触れる。遠くで、どこかの戸が閉まる音がした。


「……なあ」


悠斗が言う。


「さっきの布団、絶対わざと紗季と詩ちゃんの間に挟んだだろ」


結菜は膝を抱えたまま、あっさりと言った。


「うん」


「認めるなよ」


「だって、悠斗だって嫌じゃないでしょ」


結菜は夜空を見上げる。


「悠斗さ」


「なに?」


「今日、何回、紗季のこと見てた?」


悠斗は、答えなかった。


結菜は、ふっと笑う。


「ほんと、分かりやすい」


「……無意識だ」


「それが一番、タチ悪い」


少し間を置いて、結菜は続けた。


「じゃあ、詩ちゃんのことは?」


「……なんでそこで、詩ちゃん?」


「自覚ないなら、いいや」


夜風が、静かに二人の間を通り抜けていった。

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