第8話 布団を並べるだけ、のはず
夕食を終え、五人は宿へ向かって、ゆっくりと歩いていた。
大通りから一本入った裏路地の夜は静かで、昼間の賑わいが嘘のようだった。格子戸の向こうから聞こえてくるのは、遠くの足音と、どこからか流れてくる風の音だけ。
石畳を踏む音が、やけに大きく響く。
「やっぱり、夜の京都って落ち着くね」
結菜が、伸びをしながら言った。
「今日は、早めに休もう」
悠斗の言葉に、誰も異論はなかった。
歩き疲れているうえに、明日も明後日も、京都を楽しむ時間はまだ残っている。
部屋に上がって一息ついたところで、結菜が口を開いた。
「じゃ、先に布団、敷こっか」
全員が、頷く。
最初は、特に深く考えずに。
……最初は。
布団を一枚敷いたところで、結菜の手が、ぴたりと止まった。
「……ちょっと待って」
「どうしたんですか?」
詩が尋ねる。
結菜は布団を見下ろしたまま、少し考え込んだ。
「配置、どうする? ほら、詩ちゃんと、それから雅ちゃんもいるでしょ?」
「普通なら、男女で部屋を分けるところでしょうけど……この宿、布団を敷けるのは一部屋だけみたいです」
「そう」
結菜は、大げさに頷いた。
「だから、どう並べるかって話」
雅が、深く考える様子もなく言う。
「適当でいいんじゃないですか?」
「“適当”がいちばん揉めるやつ」
結菜が、間髪入れずに返した。
紗季は少し考え込み、落ち着いた声で言う。
「……縁側と、壁側で分ければいいんじゃない?」
「誰がどっち?」
結菜が促す。
「……詩ちゃんと雅ちゃんが縁側で、私と悠斗と結菜が、壁側?」
結菜が、じっと紗季を見つめる。
「……紗季」
「なに?」
「今、無意識に悠斗を挟んだでしょ?」
「……そう?」
紗季の視線が、わずかに泳いだ。
雅が、ぽんっと手を叩いた。
「なるほど! 紗季さん、やりますね!」
「……雅ちゃん」
紗季の声は、いつもより低い。
「あ、ごめんなさい」
雅は口元を押さえたものの、その目は楽しそうだった。
詩が、遠慮がちに口を開いた。
「私と雅ちゃんは、隅のほうでも平気です」
「いやいや」
結菜は、軽く首を振る。
「それだと、面白くないでしょ」
そして、少しだけ悪戯っぽく笑って続けた。
「じゃあさ、こうしよ」
そう言って、結菜は布団に手をかける。
「悠斗が真ん中で、雅ちゃん——紗季——悠斗——詩ちゃん——私」
「……え?」
悠斗が、思わず声を上げる。
「いや、詩ちゃんの隣は、まずいだろ……」
詩は一瞬だけ目を伏せ、それから、覚悟を決めたかのように、きゅっと小さく手を握りしめた。
「私は、問題ありません」
雅も、元気よく続く。
「私も、紗季さんの隣がいいです!」
紗季は少し迷ってから、小さく息を吐いた。
「……みんなが、それでいいなら」
悠斗は四人の顔を、順に見回した。それから、諦めたような声で言った。
「……分かった」
結菜は、その様子を見て、満足そうに笑った。
「じゃあ、これで決まりだね」
布団は、横一列、に並べられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます