第6話 お守り買う勇気、足りませんでした

川沿いをひと通り歩き終えたころには、昼どきになっていた。


「うーん……さすがに、ちょっとお腹すいてきたかも」


「はい、私も。もう限界です」


そう言って、雅が大げさに笑う。


少し先へ進むと、落ち着いた佇まいの京料理の店があった。控えめな色合いの暖簾が、賑やかな表通りの気配を、そっと遠ざけていた。


「ここ、よさそうだな」


悠斗の言葉に、小さな頷きが返り、全員で座敷へとあがる。


畳敷きの空間に、京都らしい古い家具。窓の向こうからは、やわらかな光が差し込んでいた。


運ばれてきたのは、湯葉と春の野菜を中心にした、見た目にも華やかな松花堂弁当だった。


「……おいしそう」


詩が、思わず零すように呟く。


「食べる前に、写真撮る?」


結菜が言うと、悠斗は少し考えてから首を振った。


「写真もいいけど、今この時間をちゃんと味わいたいなって」


その言葉に、紗季は、口元をわずかに緩めた。



「湯葉、初めてちゃんと食べました」


「どう?」


結菜が覗き込むように聞く。


「……優しい味ですね」


「詩ちゃんっぽい感想」


結菜がくすっと笑う。



ほうじ茶の香りが、ふわりと立ちのぼる。


「午後、どうする?」


「竹林の方、行ってみたいです!」


雅が顔を上げ、身を乗り出す。


「さっきから、ずっと気になってて。絶対きれいですよね」


「嵐山まで来て竹林を歩かないなんて、ありえない」


結菜が即答する。


「じゃ、決まりかな」


悠斗がそう言うと、紗季と詩も小さく頷いた。



午後の竹林は、思っていたよりも静かだった。観光客の姿はあるけれど、声は自然と抑えられ、足音も土に吸い込まれていく。


先頭を歩くのは、結菜と雅。


「わ、涼しい」


「空気、全然違いますね」


二人の声が、竹のあいだにやわらかく溶けていく。


少し距離をあけて、悠斗と紗季、その後ろに詩が続く。


空へと伸びる竹のあいだから、午後の光が細く差し込んでいた。葉の隙間をすり抜けた光は、線のように地面へ落ち、複雑な模様を描いている。


「……んっ」


紗季が小さく息を吐き、軽く伸びをした。影と光が折り重なり、そしてゆっくりとほどけていく。


悠斗は、気づかれない程度に紗季の横顔へ視線を滑らせ、そして何事もなかったように前を向いた。



しばらく歩いた先に、野宮神社ののみやじんじゃがあった。


黒木鳥居くろきのとりいの前で、詩が足を止める。


「源氏物語の『賢木さかきまき』の舞台とされている場所です」


「斎宮として伊勢に向かう六条御息所が、ここでひかのきみと別れる場面があって……」


話しながら、詩は境内をゆっくりと見渡した。苔むした地面。静かな空気。物語の残り香が、今もそこに漂っているかのように感じられる。


結菜と雅は、さっそくお守りの並ぶ棚を覗き込んでいる。


「縁結び、あるよ」


「……ほんとですね」


離れていても、二人の会話は自然と耳にとどく。


(……縁結びのお守り)


手に取るだけなら、きっと誰にも気づかれない。

けれど、もし悠斗先輩に見られたら——。


「詩ちゃん、どうしたの? 先、行くよ」


「……い、いま行きます」


詩は慌てて首を振り、平静を装いながら、小走りで悠斗たちのもとへ向かった。

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