第4話 紗季が二人いるとか、聞いてない

京都へ向かう日の朝。


集合場所の駅で、紗季と悠斗は並んで立っていた。


二人の距離は、以前より半歩だけ近い。肩が触れるほどではない。それでも、手を伸ばせば届いてしまう。そう意識した瞬間、胸の鼓動が速くなる。


「……あれ?」


少し遅れてやって来た結菜と詩。その向こう側に、もう一人分の人影が重なっていることに、紗季は気づいた。


高い位置でひとつにまとめられた髪が、動くたびに軽く跳ねる。

足元は、歩きやすそうな白いスニーカー。

初対面の壁を感じさせないような、明るい笑顔。


「初めまして。月凪つきなぎみやびです!」


その瞬間、空気が、ぴたりと止まった。


「……え」


悠斗の視線が、雅に釘づけになる。輪郭かたちも、首筋のラインも、視線の高さも、一瞬、二人の姿が重なって見えた。


(……紗季が、二人?)


そんな錯覚が、頭をよぎる。


紗季は、目を見開いたまま雅を見つめていた。


——視線の先に、もう一人の自分が立っているようだった


「……鏡を、見てるみたい」


思わず、紗季が呟く。


雅は、照れたように笑い、結菜は、満足そうに頷く。


「でしょ?」


詩は、言葉を選ぶように一拍置き、小く息を吸ってから言った。


「紗季さん……その、えっと……雅ちゃんです」


「?」


紗季は首を傾げる。けれど、詩はそれ以上、説明しなかった。


知らなくていいことも、ある。



新幹線の中。


席は、自然と

悠斗と紗季。

通路を挟んで結菜と詩。

そして、雅。


雅は、悠斗に特別な反応を見せることもなく、すぐに輪の中に、違和感なく溶け込んでいた。


「結菜さん、京都は久しぶりですか?」


「高校の修学旅行で行ったきりかな」


「私も、雅ちゃんと一緒に行ったのが最後です」


通路の向こう側から、楽しげなやり取りが聞こえてくる。悠斗は、ほんの少しだけ、無意識に肩の力を抜いた。


紗季は、その様子をそっと確かめてから、雅に視線を移す。


(……不思議)


見た目は、驚くほど似ている。けれど、同じじゃない。雅は、周囲との距離を感じさせない。笑い方も、声の出し方も、感情の見せ方も、明るくて迷いがない。


(いいな……)


羨ましい。でも、嫌な気持ちじゃない。



京都駅に降り立った五人は、春の匂いに、ふわりと包まれた。


人の流れは多いのに、どこか時間がゆっくりで、足音さえ柔らかく感じられる。宿は、町屋を改装した一軒貸しだった。格子戸を開けると、奥へと続く畳の廊下、低い梁、障子越しの淡い光。


結菜が、声を弾ませる。


「なにここ、最高」


奥にあるひのき風呂を見つけた瞬間、ほとんど小走りになる。


「檜! 檜だよ!」


「ちょっと、落ち着いて」


そう言いながらも、紗季は、ふわりと鼻先に触れる木の香りに、思わず口元を緩めた。


悠斗は荷物を置きながら、宿全体を見渡していた。やがて、雅の存在に気づき、意識は自然と彼女のほうへ引き寄せられていく。


紗季と並ぶと、立ち方まで重なって見える。けれど、雅ははじけるように笑い、紗季は柔らかな目で、静かに悠斗を見つめる。同じ線で描かれているようでも、まとっている色は違っていた。


詩が、悠斗の様子をうかがうように言った。


「今日の予定、変えてしまってもいいですか」


「うん?」


悠斗が振り返る。


「雅ちゃんが……嵐山の方に、行ってみたいって」


「別に、構わないよ」


春の水面みなもに浮ぶ渡月橋、やわらかな光が差し込む竹林の小径こみち。五人で歩くには、ちょうどいい場所のように思えた。

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