第1話 その不公平、見過ごせません
「……さっきの、どう思う?」
「……不公平、ですよね」
電車の中での出来事。
「紗季だけって、ずるいよね」
冗談めかした口調とは裏腹に、結菜の目は真剣だった。
「はい……。私も、そう思います」
二人の考えは、同じだった。
――不公平は、解消したほうがいい。
理屈だけなら、単純だった。
ただ。
「……じゃあ、私たちも、する?」
その一言で、二人は黙り込む。急に、現実味が増してきた。
(……え、待って)
(……ほんとに?)
さっきまで冷静だったはずなのに、胸の奥が、急にざわつき始める。
「……やっぱ、恥ずかしいよね」
結菜が、苦笑する。
「……正直、はい」
詩も、小さく頷いた。
頭では納得している。けれど、実行となると、“それ”の重さが、急にのしかかる。
しばらく、沈黙。
そのとき、結菜が思いついたように言った。
「……先にさ、悠斗を酔わせよ」
「え?」
「余計なこと考えちゃうでしょ」
詩は一瞬考え、それから小さく息を吐く。
「……それ、たしかに現実的ですね」
二人で、苦笑した。
それからは、早かった。結菜がテンポよくお酒を勧め、詩も積極的に話題を振る。悠斗は、もともとお酒に強くない。少しずつ反応が遅れはじめ、やがて――気がつけば、悠斗は軽く眠り込んでしまったようだった。
紗季が立ち上がる。
「お水、もらってくる」
その一言に、結菜と詩の視線が行き交う。
――今しかない。
紗季が店員を探しに席を離れたのを見届けて、結菜が立ちあがる。
「じゃあ……まず、私からね」
軽い調子を装ってはいたが、胸の内では、とても平静ではいられなかった。
(……幼馴染だし、これくらい、ただの挨拶みたいなもの、だよね)
そう自分に言い聞かせ、結菜は、迷いを振り切るように距離を詰めた。
触れるのは、本当に、ほんの一瞬だけ。
席に戻ると、結菜は小さく息を吐く。
「……ふぅ」
⸻
次は、自分の番。
詩は一度、深く息を吸ってから立ち上がる。詩は、逃げなかった。紗季に対して、というより——自分自身に対して。
(ここで引いたら、きっと後悔する)
そう思った瞬間、足が、自然と前に出ていた。詩の動きに、迷いはない。
ほんの短く。
それでも、確実に。
席へ戻ったとき、頬が、ほんのり赤くなっている。
「……ちょっと、詩ちゃん」
「……何でしょう」
「思った以上に、積極的」
詩は、わずかに視線を逸らす。
「……紗季さんに、負けたくないので」
その一言が、結菜の中にあった競争心に、そっと火をつけた。
「……それ、言う?」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
(……じゃあ)
(……もう一度)
気づけば、「不公平を解消する」という理由は、いつの間にか、別のものに取って代わられていた。
競争心。対抗意識。
そうして、結果的に——
結菜は、もう一度。
詩も、もう一度。
それぞれ、二回ずつ。
すべてが終わった頃、紗季が水を持って戻ってくる。
「お待たせ」
何事もなかったように、会話が再開された。
悠斗は、何も覚えていない。
このことを知っているのは、結菜と詩だけ。
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