第5話 クズの本領

 めっちゃ長くなった。

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「——猪原先輩、ちょっとお時間いいですか?」

「あ゙ぁッ!? 今はそんな時間ねぇよ!」


 追い付いた俺が声を掛ければ、猪原はよっぽど腹の虫が悪いのか、それともよほど焦っているのかは知らないが……睨まれ吠えられる。そんなカリカリすんなよ、別に急がなくてもいいのに。

 ただ、こちらが急かすように揺さぶったのだ。このままでは話にならないので——吐いた嘘を一つ、開示しよう。



「——先輩のロッカー、ちゃんと閉まってますよ」



 俺がそう言うと、猪原はピタッと動きを止める。

 その表情には疑惑が宿り、問い詰めるような意志が視線に籠められていた。


「……どういうことだ? まさかお前……俺を騙したのか?」

「なんだ、分かってるんなら話は早い」

「何ッ!?」


 お目々を見開いて驚く猪原。さっきからコロコロ表情が変わりすぎて、表情筋が過労でストライキ起こしそう。

 なんて思っていたら、ズンズンこちらにやってきて胸ぐらを掴まれた。


「どういうことだお前ッ!!」

「どうもこうもないですよ。マジで先輩の言った通りですから。いやー、人を手の平で転がすのはいいですね。映画の監督ってこんな気分なんですかね」

「ッ、て、テメェええええッ!!」

「まぁまぁ押さえて押さえて。どうせ殴るなら、どこからどこまでが俺の脚本だったのか知りたくないですか?」


 首を締める勢いで力を籠める猪原にストップを掛け、彼の血走った目を熱のない目で見つめ返す。

 すると、若干だが力が弱まった。俺はそれを同意だと捉えて話を進める。


「そうですね……俺が描いた脚本のスタートは、一週間前です。おたくの部活の副部長いるでしょう、彼から聞かれませんでしたか? ——『最近お前を迎えに来る子いないな』って」

「ッ!?」

「お、身に覚えありって感じっすね。そこでアンタはこう答えたんじゃないですか? ——『いいんだよ、最近狙ってる奴がいるからな』ってね」

「ッッ!?!?」

「次に副部長はこう聞いたはずです。——『それって誰なんだよ?』」

「…………」

「対してアンタは少し間を空けた末に『如月だ』と答えた。でもその時は告白する気はなかった。ですよね先輩?」

 

 俺が問い掛けると、猪原はスッと目を逸らした。図星だったらしい。


「ただ、そこに話を近くで聞いていた育太が言った。——『猪原部長、告白はしないんですか?』ってな」


 後輩にそう言われたら、猪原の性格上、しないとは言えない。

 猪原は舐められるのが嫌いで、自分が臆病だとバレるのをもっと嫌う。


 だから猪原はこう言うしかない。



「——『何言ってんだ育太、告るに決まってんだろ』」

「……っ」



 俺が確信を持って言えば、奴は恐怖すら抱いてそうな様子で息を呑む。

 まぁ自分の言ったことをその場にいない人間に言い当てられれば怖くなるのも無理はない。俺だって逆なら怖くなる。


 でもただの人間が、大して関わりのない人間の行動が理解るはずもない。しかもまだ十数年しか生きていないひよっこの俺に。

 彼も普通の状態なら、俺がことくらい直ぐに思い付いただろう。


 それが分かんないほど混乱しているとは……中々に愉快である。


「まぁそれからのことは……俺が言わなくても分かりますよね? 告白する日時は副部長に教えてもらい、俺はその場に潜伏してたってわけです。もちろん先輩が顧問に引き止められて苛つくことも織り込み済みです。だから殴る可能性を危惧して潜伏してたんですけど……まさか本当に殴ろうとするとは思っていませんでしたよ。自分の感情すら碌に制御できず、子供みたいに相手に当たるなんて……ねぇ?」


 敢えて含みを持たせるように首を傾げれば、不動明王みたく顔を怒りに歪める。普通に不動明王に失礼だな。


「こ、このクズ野郎ッ……!! お前が全部そう仕向けたんだろうがッ……!! こんなことしてタダで済むと思っているのか!?」

「もちろん」

「なぁッ!?」


 即答するのがそんなに意外だったらしく、猪原が素っ頓狂な声を上げる。顔も声に比例していたが……徐々に驚きから怒り、怒りから恨みに変化する。


「ふ、ふざけんなッ!! お前、分かってんのかッ!? お前は俺を故意に、悪意を持って嵌めたんだぞ!?」

「嵌めましたね。悪意と言われるのはちょっと癪ですけど……まぁそう思ってくれても別にいいです」

「なら——」




「——だから?」




「…………は?」


 俺は一切の悪気もなく、心底不思議がりながら問い掛ける。

 猪原は、何を言っているのか分からないと言わんばかりだ。いい顔である。


「なに、を……」

「確かに人を嵌めることは悪いことかもしれません。いや、嵌めるは『策略とか罠で人を騙したり陥れる』って意味もあるし悪いことなのは当然なんですよ」

「お前は、何が言いたいんだ……?」


 なんだ、まだ分かんないのか。



「それは——相手が善人の場合だけなんだよ」

「ッッッ!?!?」


 

 そう、嵌めることが悪とされるのは、嵌められた相手が善人でなんの罪もない人間という前提条件が必須だ。

 だが、相手が悪であるのなら……それは悪として見られはしない。

 

 探偵とか週刊誌が良い例だ。週刊誌に関してはあんま良い印象は持たれてないけど……それは置いておこう。


 それらは、普通なら人のプライバシーを嗅ぎ回ったりストーキングしたり盗聴したりする。本来はいけないこととされているのに。

 しかし——相手が不倫だの殺人犯だの……所謂悪側の立場の人間だった場合、その行為は悪ではなく善、良しとされる。


 そしてストーキングなり盗聴して相手を追い詰めることは、今回に俺の取った行為となんら変わりない。

 全くの同義だ、どちらも人を嵌めているだ。寧ろ俺は盗聴やストーキングをしていない分優しいと言えるだろう。


「まぁつまり俺が言いたいのは——ってことだ。猪原先輩、アンタはただの善良な一般男子生徒なのか?」

「そ——」

「——そう、とは言わせねぇよ。だってアンタは善良なんかじゃない。アンタは——だ」


 俺が猪原を告白させると決めたのは、いじめ関係で悪い噂の絶えない……つまり性根が俺と同類クズだからだ。

 だが噂だけで動きはしない。女の子達から話を聞き、被害者も見つけ出し、実際に猪原がイジメをしていたことは確認済みだ。ロッカーの存在も被害者の男子生徒から聞いたものである。


「だから世間から見れば……俺はそのいじめっ子から被害者を救った良い人に映る。嵌めたことすら——勇気ある行動、なんて呼ばれるわけだ」


 故に、猪原進司は俺の計画に組み込むのには格好の的だった。

 だってコイツなら利用しても俺の良心は一切痛まないからだ。寧ろ自業自得。


 猪原も馬鹿だよな。イジメなんてバレたら絶対詰むのにさ。つーか他人をイジメて何が楽しんだか。

 

 どうやら彼は、同類クズでも随分と頭の悪い方だったらしい。

 真のクズは、相手からの恨みを買うことなく自分に利のあるように動かせる奴のことだ。

 つまりは俺。まぁ俺の場合は向こうから勝手に来てくれるんだけどね。やっぱ俺の顔面最強だわ。


 とはいえ、こうして彼に俺の脚本を明かしたのはミスだった。真のクズならそのまま伏せておいて恨みを買うことなくフェードアウトさせるべきだった。

 多分明かしたのは、如月が殴られそうになって少し苛立っているせいだ。自分が仕向けたくせに難儀な性格である。


 なんて自嘲していると、猪原が投げやりに俺を振り払う。

 いきなり胸ぐらを離されるもんだから、俺は思わずたららを踏んでしまった。なんとかこけないように踏ん張る。


「ちょっと、いきなりはやめて欲しいんですけど。俺はアンタみたいな体育会系じゃないんでね」


 そう非難するように目を向ければ……猪原は妙案を思いついたとはかりに目を光らせて口元を歪ませていた。


「……なぁ、ロッカーが開いてねぇなら顧問がブチギレてるってのは嘘なんだろ?」


 何を言ってんだコイツ。


「いいや? 顧問ならしっかりブチギレてるぞ」

「……は? いや、だって、お前……」

「確かにロッカーは開いてないな。でもロッカーのことを伝えたからな、もうマスターキーかなんかで開けられてるだろ。今頃はアンタを探してんじゃねーの?」


 まぁ伝えたのは副部長だけど、と内心だけで訂正しつつ投げやりに言う。

 これから猪原の将来は地獄が待っているのだ、もう彼に怒りも興味もない。


 冷め切った俺とは裏腹に、ついに逃げ道のなくなった猪原が殺気さえ籠ってそうな目で俺を睨んでくる。



「………この、クズ野郎が……ッ」

「そんな褒めんでくれ、照れちゃうだろ」



 なんて言葉の応酬をしていると、猪原を呼ぶ校内放送が聞こえてきた。

 俺は気にせずカバンを取りに教室に戻る……おっと、最後に言い忘れてた。




「——俺の脚本に忠実でいてくれてありがとう、感謝するよ」

「ッッ!?!?」



 帰って結弦ん家行こっと。


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 どっちもクズとしか言いようがなくて草。つーかコイツが主人公ってマジかよ。


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