小鳥遊くんと背山さん

生徒会の会計。

人望があるわけでも、成績優秀でもない私がそのポジションに収まることになったのは、担任の些細なひと言だった。


「次の選挙で、会計だけ立候補者がいなくて推薦として出してもいいかな?」とまだ若い先生は気さくに声をかけてきた。


なんで私? そんな疑問はあったけど、大した理由は無さそうな気がして聞くのはやめておいた。

たまたまここにいたのが私ってだけだろうし、困った顔で言い訳を探されたら傷付くので。


軽く咳払いをする。


「まあ、出るだけならいいですよ」


どうせ当選なんてしない。

数名の候補者の中から選ばれた、その形にしたほうが箔も付くってもの。そのための人員の一人にならなろうじゃないか。


……と、思っていた時期もありました。


異変に気付いたのは、とうとう投票日って時。

先生から「実は……」と告げられた内容に白目をむきそうになった。


「……は? 他の候補者がいない?」

「声をかけたけど承諾してくれる生徒がいなくて。背山さんの他に唯一いた子も、直前になって辞退を言い出してね。君だけになりました」

「いやいやいや! それなら私も辞退します!」

「すまない、もう手遅れだ」

「はぁ!?」


手を合わせ合掌してくる先生は「後悔させないから」などと言ったが、もう既に後悔している。

私の断末魔の叫びだけが、校舎に響き渡ったのである。



*   *   *



当選した生徒会メンバーを見て、自分だけが場違いな人間であるとすぐに悟った。

だって、みんな見目麗しい有名人だったのである。

生徒会っていうより、人気投票だろう、これ!


涙目で「よろしくお願いします」と挨拶できただけでも褒めて欲しい。


「背山先輩ですよね? 一年間よろしくお願いします」


特に一番の人気者である後輩、小鳥遊くんに私の劣等感が疼いた。苗字からからして特別な存在なのが分かる。

少年らしさを残しつつも、キリッとした眉の男らしいイケメンは柔道部らしい。

サッカー部とかにいそうな見た目なのに男臭い柔道部……。いや、柔道部の実態は知らんけど。


ストイックなその雰囲気がまた堪らないと好評らしい。全て噂で聞いたことだから「らしい」である。


でも、噂は事実なんだろうなと思う。

真面目で勤勉であるのは話してすぐに分かったし、意外とちょっと抜けたところもあった。たまにケアレスミスがあって完璧ではない。


……要するに、みんなに愛される男なのは間違いない。


そんな小鳥遊くんはなぜか私に懐いた。


「これってどうすればいいですか?」

「ええ!? ……えっとね」


分からないことがあれば、私に聞いてくる。

毎回キョドるこっちの気持ちも察してほしい。他の生徒会のメンバーたちは生温かい目で見てくるだけで、変わってくれない。四面楚歌。


「早く任期終わらないかな……」という独り言が口癖になってしまった。



*   *   *



ある日の放課後、小鳥遊くんと二人きりになる場面があった。作業も一段落していたので私たちはのんびりと過ごしていた。


「俺、背山先輩のこと尊敬してます」


テスト勉強の話をしていたはずなのに、どうしてそんな話の流れになった?

私の戸惑いなど無視をして、小鳥遊くんは語り始める。やめてくれ。


「先輩って口では否定しても、責任を絶対に放棄しないじゃないですか。そういうところを見習いたくて」

「いやいや、逃げ出せないただのヘタレなだけですぅ……」 

「謙虚にならなくても。ミスとかもないですよね」

「後で怒られないように気をつけてるだけだから……」


私の欠点をポジティブに受け取り過ぎである。これだから光の者は困る。


「背山先輩みたいに完璧なりたいです!」


興奮したように頬を染められましても……。

こちらは頬が引き攣るだけである。


「小鳥遊くんは完璧じゃなくていいんだよ。君はちょっとストイック過ぎるところがあるから、たまにはハメを外しても許されるよ」

「ハメを外す……」

「あ、もちろん犯罪とかは無しね?」


その辺の心配はいらない子だろうけど。

この容姿で完璧になられたら溜まったもんじゃないし、人間辞めてる。

「そのままの君でいて……」と呟けば、大きく頷かれる。


「先輩もそのままでいてくださいね! 何事も全力で取り組む先輩でいてください!」

「……お、おう?」


勢いに押されて頷いてしまう。

小鳥遊くんはひどく満足げだった。



*   *   *



生徒会役員とはいえ、地味な私はやっかまれるどころか、廊下を歩いていても気付かれない。平和な日々って素敵!


平凡スキルを発揮しながら生徒会室に向かっていると、踊り場の真ん中で小鳥遊くんが告白をされていた。

この光景はよくある日常である。ない方が非日常になってしまう。

しかし、なんでこんな目立つ場所でやるのかと立ち止まってしまった。


「好きな人がいるので、ごめん」


申し訳なさそうに眉を下げている、小鳥遊くんの返事がベタベタだ。

ベタすぎて信用ならないやつ。


えっ!?「ほんとうに?」って相手の子が聞き返した!?

うん、気持ちは分かる。


私だったら飲み込むようなことを言えちゃうのは、美人だからなのか?


小鳥遊くんは珍しく強い語気で「本当にって何? ちゃんといるから」と返した。

ふむ、断るための嘘ではなさそう。


もう用はないとばかりに、小鳥遊くんは歩き始める。

こ、こっちに来る!?


「あっ、背山先輩」

「こんにちは……」


見つかっちゃった。

気まずくて目を逸らしていると、小鳥遊と書かれた上履きが近付いてくる。


「生徒会室に行くつもりですか? 俺も行きますよ」

「忘れ物を取りに行くだけだから……」

「俺も用事があるので」


そう言われてしまえば仕方がない。

先ほどまで告白されていたとは思えない笑顔で、小鳥遊くんは私の後ろを着いてくる。


よく見れば髪の毛が少し湿っていたので、プールの後なのかも。水も滴るいい男ってやつ。


「もうちょっと髪の毛拭いたら?」

「すぐ乾きますよ」


あっさり言うのが、男子の感覚である。

視界に入る腕に目が止まる。

柔道部の彼はちゃんと鍛えているようなたくましさがある。


……腹筋も割れてるのかな?


意外と人の筋肉が好きな私は気になってしまう。

拝めるような機会はないだろうけど、体格に見合った腹筋と予想してる。


ぼんやりと妄想に浸っていると、神妙な面持ちで小鳥遊くんは口を開いた。


「さっきの聞かれちゃいましたよね」

「……え?」


告白の返事のことだと気づくのに時間が掛かってしまった。「うん」と頷く。


「モテるのも大変だね」

「気持ちはうれしいんですけど」

「小鳥遊くんくらい告白されたら大変だよ」

「まあ……」


何事もほどほどが一番。

彼を見ているとそう思う。生きてるだけでトラブルに見舞われてそう。

力になるよ、なんて安請け合いするつもりはない。他の生徒会のメンバーの方がよっぽど適任だ。


見つめ合っていると「先輩」と薄い唇が動いた。

首を傾げる。


「好きな人は、生徒会にいるんです」


まさかの発言に「えっ」と大声を出してしまった。

私の反応に小鳥遊くんは曖昧に笑ってみせた。


「誰だか分かります?」


これは試されているんだろうか。

様子を窺うような目をしている。


生徒会のメンバーで女の子は、会計わたしの他に副会長と庶務がいる。

そのどちらかを当ててみろということ?


ここで先輩の観察眼を試すとは。

答えを間違えたらどうなるの?


気楽に答えてみればいいのか……などと推理を始めようとしたら、小鳥遊くんがため息をついた。


「これは当てられそうにないですね」


責められている気分。小鳥遊くんがそんなことするはずないのに。

ごめんって言うべきかなんて迷っていたら、腕を掴まれた。


「ええ!?」

「ちょっと来てください」


ぐいぐいと引っ張られる。

この逞しい腕の力に叶うはずなどないから、私は小走りになってしまう。

大股の小鳥遊くんがドアを開いた場所は、無人の生徒会室だった。


通い慣れた居場所のはずなのに、小鳥遊くんの様子がただ事ではないので居心地が悪い。ドアを閉める音にすら過剰反応してしまう。


スッと指が動いた。


「俺の好きな人は、いつもあそこに座っています」


生徒会室では自然と席が固定されている。

指の先を追って、後悔をした。


「バラしちゃいました」


口角を愉しげに上げ、小鳥遊くんが私の表情を窺っている。……いやいやいや!


頭の中の私が叫ぶ。


「……待って、ここまでそんな恋愛イベントが起きた覚えがないんだけど?」


あっ、脳内の疑問が口に出ちゃった。

これには目を丸くされるのも無理はない。


でも、数々の少女漫画を読んできた私は断定できる!

恋愛に発展する要素なんてなかったよ!?

ただの生徒会の先輩後輩でしかないって!


小鳥遊くんは唇を尖らせた。それはあまりにもあざとすぎる。


「先輩は、どうしたら俺のこと意識してくれます?」

「へ?」


耳元で「俺の気になってるところとかないんですか?」と甘い声で囁かれ、肩が跳ねた。


「どうなんです?」


ヘタレにはこの圧が強すぎる。

目が回りそうになりながら、口から飛び出したのはこれだった。


「腹筋……」


我ながらアホっぽい。

しかし、真面目な小鳥遊くんは笑い飛ばしたりしない。


「腹筋? 俺のここに興味があるんですか?」


学ランの上からお腹をなぞる。

恥ずかしさで顔が熱い。


目の前の小鳥遊くんは、おもむろにボタンを外し始め、私に問う。


「とりあえず脱げばいいですか?」


……え?

「はあ?」としか返せなかったのを許してほしい。


意味が分かんないもん!


「先輩がこんなことで興味を持ってくれるなら脱ぎますよ」


学ランが床に脱ぎ捨てられ、シャツのボタンを指が撫でる。


「いや、生徒会で何してんの!?」

「先輩が言ったんじゃないですか、たまにはハメ外せって」

「言ったけど〜!?」


こういうことじゃない!!

変なところで、先輩の言いつけを真面目にやろうとしないで!!


シャツの間から綺麗なお臍がちらついた。……うん、無理。


頭がパンクした私は「小鳥遊くん!! 服を着なさい!!」と叱りつけ、慌てて生徒会室から飛び出した。

呼び止める声が聞こえたけど無視だ、無視!


一目散に廊下を走り抜けていると、職員室から出てきた担任に出くわした。すべての元凶である。


「おいおい、廊下は走るんじゃないぞー」

「それどころじゃないんです!!」


今は語気が強くなるのも許してほしい。

しかし、この若い先生は「腹でも痛いのか?」と素っ頓狂なことを言い出したので、スッと熱が引いてしまう。


「……先生、なんで私を生徒会に推薦したんですか」


恨み言のように低い声を出してしまう。

どうせ大した理由はない。だからこそ、腹が立つってものだ。


先生は頬を掻きながら、記憶を辿っている。

暫くの間の後、口を開いた。


「それは、背山を推薦してくれって言われたからだ。背山がいるなら自分も出るって言ったんだよ。ほら、あの」


あの?


「優秀な1年生」

「ストーップ!!」


その先は聞いちゃいけないと、本能が叫んでいる。

聞いたら、もう戻れないやつ。

……え? いつからこんなことになっていたの?


戸惑う私を無視し、先生は口を動かす。


そして、廊下に私の断末魔が響き渡ったのである。


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