2. 慈悲なき救済

 白鎖団の戦術は陰湿だった。彼らはグラードに攻撃を仕掛けない。グラードの静寂が届かない遠距離から、ピクスだけを狙って矢を放ち、石礫を投げつける。


「う、わあぁっ!?」


 ピクスは悲鳴を上げ、グラードの足元に転がり込んだ。矢が掠め、頬が切れる。グラードは動かない。彼にとって、遠くで飛んでいる羽虫──白鎖団──など、認識の外だ。


「グラード! 助けてくれ! 俺を狙ってやがる!」


 ピクスが叫び、グラードの足にしがみついた。その振動が、巨人の意識をわずかに現実に引き戻した。

 グラードは、ゆっくりと視線を落とした。そこに「仲間を守る」という意思はない。ただ、自分の足元で騒いでいるノイズと、その原因となっている遠くのノイズを認識し──不快だと感じただけだ。


「……散れ」


 グラードが足を踏み鳴らす。静寂が津波となって押し寄せた。


 ドガガガガッ! 骨の風車が粉砕され、白い鎧の騎士たちが血を吐いて吹き飛ぶ。だが、今回の静寂はそれだけでは止まらなかった。制御を失った波動は、白鎖団の後方に拘束されていた「囮として連れてこられた避難民たち」までも飲み込んだのだ。


 遠くで、縛られていた人影の群れが、糸の切れた人形のように崩れ落ちるのが見えた。彼らは何もしていない。ただそこにいただけだ。白鎖団の生贄にされた被害者たち。だがグラードの静寂は、敵も味方も、善人も悪人も区別しない。「範囲内にあるノイズ」をすべて消去した。それだけだ。


 鎖番が、血の泡を吐きながら最期の言葉を投げかける。


「見ろ……小僧……。これが……貴様が選んだ……王の姿だ……。貴様がいる限り……この災厄は……誰も救わない……すべてを……殺す……」


 鎖番は息絶えた。世界に音が戻る。


 グラードは、目の前に広がる死体の山を無関心に踏み越えていく。ピクスは震える足で、その後を追うしかなかった。


「あ……」


 足元を見るたびに、絶望が胸を刺す。そこには、圧死した子供や老人の姿があった。


(俺のせいだ……)


 自分がここにいなければ、白鎖団は来なかった。自分がグラードに助けを求めなければ、グラードは範囲を広げなかった。自分が生き残るために、他人が死んだ。

 罪悪感で押し潰されそうになりながらも、この背中以外に行く場所がないという事実だけが、ピクスを縛り付けていた。

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