18. 災害の痕跡

 数分後。静寂が引いた平原には、更地が広がっていた。クレーターの凸凹さえも平らに均され、殻狩人の基地は鉄屑の絨毯に変わっている。

 ソルガとノマドの姿はない。彼らは致命傷を負いながらも、三魔殻としての意地──あるいは生存本能で、次元の裂け目へと逃げ延びたようだ。だが、もはやグラードに正面から挑もうとは思わないだろう。それほどの恐怖と、圧倒的な暴力の格差が、この地に刻まれていた。


 荒野の真ん中に、グラードが立っている。その瞳孔は完全に開ききり、獣の形をしたまま戻らない。全身から湯気のように静寂の余波を立ち昇らせ、虚空を睨み続けている。


「……は、はは……」


 ピクスは、生き残っていた。グラードが守ったわけではない。たまたま、静寂の発生源──台風の目──に転がっていたから、圧死を免れただけだ。一歩ずれていれば、殻狩人と同じ鉄屑になっていただろう。


(人間じゃない……)


 ピクスは震える体で立ち上がり、巨人の背中を見つめた。今まで、心のどこかで思っていた。「グラードも人間だ、話せば分かるかもしれない」と。だが、今のでハッキリした。あれは、人の形をした災害だ。意思疎通などできるはずがない。地震や竜巻に「止まってくれ」と頼むようなものだ。

 それでも。ピクスはグラードの背中に向かって歩き出した。恐怖で足がすくむ。逃げ出したい。だが、この世界のどこに逃げ場がある? ソルガやノマド、殻狩人……あんな連中が跋扈する世界で、たった一人で生き延びられるわけがない。


(地獄の底まで、ついていくしかねえんだ)


 ピクスは涙を拭い、覚悟を決めた。それは希望への覚悟ではない。この「神話的な破滅」を、最後まで特等席で見届けてやるという、やけっぱちの決意だった。

 グラードが動き出す。ピクスが続く。静まり返った平原には、二人の足音だけが、不気味なほど鮮明に響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る