16. 三つの地獄

 最初に現れたのは、時間を歪める砂嵐だった。《逆巻きのソルガ》。彼はニヤニヤと笑いながら、空間の断層から滑り出るように現れた。


「ヒヒッ……。ここに来れば『静寂』の攻略データが手に入ると聞いたが……なんだ、随分と賑やかじゃないか」


 次に、耳障りなノイズが響き渡る。《耳裂きのノマド》。何もない空間から、ボロ布を纏った姿が滲み出るように実体化する。


「いいねぇ。あちこちから、罠と欲望の臭い音がするよ」


 そして最後に。ズシン、という重い足音とともに、その男は現れた。グラード・バロッグ。彼の背後には、青ざめた顔で必死についてくるピクスの姿がある。

 三者が対峙した瞬間。平原の因果が臨界点を超えた。


「──始めようか!」


 殻狩人の一斉射撃が合図だった。だが、その弾丸が誰かに届くことはなかった。


 『時喰らいの反響』。ソルガが指を鳴らすと、着弾したはずの爆炎が逆再生され、弾丸が砲身へと戻っていく。『囁断の連鎖』。ノマドが鈴を鳴らすと、兵士たちの方向感覚が狂い、味方同士で撃ち合いを始めた。『強制の静寂』。グラードが歩を進めると、そもそも火薬が爆発することをやめ、ただの鉄屑となって地面に落ちた。


「な、なんだこれは……! 制御できない! 出力が違いすぎる!」


 指揮官が絶叫する。計算外だった。三つの遺物は互いに反発し合うどころか、それぞれのベクトルで勝手に現実を侵食し、この平原を「物理法則の墓場」に変えてしまったのだ。


「う、わぁぁぁぁっ!」


 ピクスは頭を抱えて地面に這いつくばった。地獄だ。右を見れば時間が巻き戻り、左を見れば味方が殺し合い、正面では音が消滅している。脳が処理落ちを起こし、吐き気が止まらない。

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