14. 届かない声

 ノマドが消えても、静寂は消えなかった。グラードは立ったまま、周囲の闇を睨みつけている。その背中は、怒っているようにも、何かに怯えているようにも見えた。遺物の代償──内側で暴れ狂う獣の咆哮を、外側の静寂で必死に押さえ込んでいるのだ。


「ぐ、ぅ……はぁ、はぁ……」


 ピクスは震える手で耳を触った。ツーと、赤い血が流れていた。ノマドのノイズのせいか、それともグラードの静寂の圧力のせいか。おそらく両方だ。耳がキーンと鳴り続け、自分の呼吸音さえ遠い。


「グラード……」


 ピクスは掠れた声で呼んだ。だが、巨人は振り返らなかった。焚き火のそばに戻り、また何事もなかったかのように座り込む。


(聞こえてない……のか?)


 ピクスは戦慄した。物理的に声が届いていないのではない。グラードの意識が、もうピクスの声を「意味のある音」として捉えていないのだ。風の音や、虫の音と同じ。ただの背景ノイズ。

 ノマドの言葉が、呪いのように蘇る。『あいつにとって、お前はただのノイズだ』


「……くそっ」


 ピクスは膝を抱え、血の滲む耳を塞いだ。ノマドの幻聴は消えたはずなのに、世界との繋がりを断たれたような孤独感だけが、冷たく胸に残っていた。

 この男の隣は、安全地帯──台風の目──なんかじゃない。ここは、世界の終わりの最前線だ。そして自分は、そこから逃げ出すことさえできずにいる。


 静寂の森で、ピクスは一睡もできないまま朝を待った。次の戦場──裂環平原で、三つの災厄が激突する刻が、刻一刻と迫っていた。

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