5. 災害の通過

 最後の盗賊が地面に崩れ落ちると同時に、世界に音が戻ってきた。


「──ぁ、あぁぁああッ!」

「ば、化け物……!」


 盗賊の生き残りが、遅れてやってきた恐怖に悲鳴を上げ、這いつくばって逃げ出していく。グラードはそれを追わない。邪魔者は消えた。ならば、それ以上斧を振るう理由はない。彼は血に濡れた斧を一振りして汚れを落とすと、何事もなかったかのように再び歩き出した。


 街道には、ミンチになったロウガと、足を撃たれていた商人、そして捕らわれていた数人の人々が残された。


「あ、ありがとう……ございます……!」

「あんた、俺たちを助けてくれたのか……神様だ……」


 商人が涙を流し、地面に額を擦り付けてグラードを拝む。だが、グラードは彼らに目もくれなかった。声をかけることも、頷くこともない。ただ商人の横を、路傍の石と同じように通り過ぎていく。


 その冷徹な横顔を見て、感謝していた人々の表情が凍りついた。直感したのだ。この男にとって、自分たちは「助ける対象」ですらなかったことに。蟻を踏み潰した象が、その横にいた別の虫を気にかけるだろうか。


「……はは。ひでえもんだ」


 ピクスは、肉塊に変わったロウガを見下ろし、乾いた笑いを漏らした。これが英雄? 馬鹿を言え。ピクスは知っている。グラードは正義のために斧を振るったことなど一度もない。彼にあるのは、「自分が進む」という意志だけ。他はすべて、障害物か風景か、そのどちらかでしかない。


(助けたんじゃない。こいつは、ただ「歩いただけ」だ)


 それでも。ピクスは震える足で駆け出し、その無慈悲な背中を追う。


(でも……この災害の後ろにいれば、俺は生きられる。どんな英雄よりも、どんな神様よりも確実にな)


 血の臭いが充満する砂都シェルターンを背に、巨人と少年は荒野へと消えていく。その背中が、やがて世界そのものを巻き込む巨大な渦の中心になるとは、まだ誰も知らないまま。

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