第2話 ホテル星見の入江

 皇歴3769年11月イースタリアに開業したホテル星見の入江は、吸血鬼が自身の居住地を改築して作られた温泉付きのホテルである。長命種をメインターゲットとしたホテルであり、経営管理においては吸血鬼たちがまとまり、従業員にはエルフやドワーフなどを中心に清掃やフロント業などを行っている。


 そんな中、開業してから1年と20日後に、2階205号室にて焼死体が現れた。その日は誰もその部屋に泊まっておらず、また、従業員の人数も変動してしなかった。誰かが中に入った痕跡はなく、発見されたのはチェックイン前に預かった荷物を部屋に入れようとしていた時だった。ただ忽然と焼死体だけがその部屋に現れた。

 一応の事件として、国内の治安維持隊により遺体は回収され、ホテル内を調べたが、どうやらこの焼死体短命種のものであるということが判明した。しかし、回収後調べている最中に、焼死体は忽然と消えた。

 治安維持隊は一丸となって、消えた焼死体を探し回ったが、どこにも見つからなかった。


 それから一ヶ月後、星見の入江の205号室に再び焼死体が現れた。

 今度は治安維持隊だけではなく、国立魔法研究所から魔力探知などの調査が行われた。

 結果。謎の焼死体は、誰か個人の死体ではなく、短命種の形をした「焼死体」の形をした何かであると判明した。突然と現れ、忽然と消える。それらが何者かの思惑であることまでは発覚したが、その「何者か」を逮捕し法の裁きの元に連れ出すことはできなかった。

 というのも、判明した「何者か」は、国外の栄故国に住むネイビーというエルフで、焼死体が発見された前日に亡くなっていたためである。治安維持隊が国に掛け合い、栄故国にてネイビーの自宅を調べる許可を得て向かったところ、自身の命を魔力として利用し、生まれ変わろうとしていたことが判明した。

 つまり、この消える焼死体は、その人物の失敗した残骸だった。


 さて、ここまで判明した205号室の焼死体は、営業において大変に迷惑なものである。また、治安維持部隊にとっても何度も呼び出されては敵わない。この遺体を例外にして勝手に処理して良いとも言えないため、互いの利害が一致し、解除方法を探すために国立魔法研究所を頼ることになった。


 3771年3月から国立魔法研究所のウルフが調査を開始した。彼は栄故国の治安維持隊の協力を得て、ネイビーの自宅にある魔導書を全て教えてもらい、また、ネイビーが書いたと思われる書類の写しを研究所に送ってもらった。

 ネイビーが何を参考にして、どんな魔法を構築し、発動させたのか。それを調べてから、解除方法を調べるという手法を取らざる得なかった。

 ウルフは他国の調査員とも連携をとって、ネイビーが作った魔法を調べた。最初は魔導書から、次にネイビーの書き残した書類で「生まれ変わる」という幻想のような魔法として作り出したのかを探し出す。それは、気が遠くなるほどの長く、地道な作業だった。


 季節が二つほど変わった。

 205号室がネイビーの魔法によるものだとしても、それを気味悪がって何人かの従業員は辞めていった。それらの話に尾鰭をつけて妙な噂が流され、客足が遠退いたこともあった。しかしそれでも、星見の入江は205号室を封印して営業を続けた。

 経営陣も残った従業員も、消える焼死体の件で少しずつ変わっていた。変わらざる得なかた。

 売り上げは開業時に比べて、だいぶ下がっていた。このままでは、来年には損益分岐点を下回るだろうというところまで。

 経営陣は星見の入江を買収することも視野に入れて話し合いを何度も重ねた。


 その内に冬が来た。

 ウルフは、ネイビー残したものから、いくつかの魔法を組み上げて動物実験を行ったが、そのどれもが決定打には程遠かった。そんな折、教授から大学生のサラが研究発表した『呪いの解除:その様式のメカニズム』という論文を薦められる。

 その論文には、封印や呪い返しなどで相手にやり返すようなものは除き、完全解除するための様式化の証明であり、呪いの解除には四つのパターンが既に決まっているという内容だった。

 その一、対象に対しての強い思い(恨みや執着など)から発生した場合、依代を使うケースが多く、それらを逆手順で分解して解除する。或いは、依代を物理的に破壊することにより解除ができる。ただし、物理的に解除した場合、術者に反動が還ることもあるため、完全解除とは言い難く、ここでは推奨しない。

 その二、対象の思考に関して操作や独占をする場合、術者自身の体液などを対象に摂取させるケースが多く、食べないことがベストだが、仮に食べてしまった場合でも体外に排出できれば効果は消える。時間経過(つまり排泄など)や別のもの(アルコールや他者の体液など)を摂取して効果を薄めるなどで対処可能。また、煙が出るもの(タバコやお香など)を空気中に散布すると意識が戻り解除が早い。

 その三、対象が自分自身であり目的を優先させる場合、自身の魔力を消費し続けることが多いが、消費し続けて亡くなることも少なくない。結果、残留物として魔法だけが残る。この場合の解消法は、残留物を魔法分解により解除する。

 また、対象が複数で伝播するように感染する場合もその三による解除が可能。

 その四、一から三以外の場合、同じ魔法や呪いを作り相殺するのが良い。同じ質や量を補完できない場合、食べ物を魔法や呪いに向かって投げる。この時投げたものは当たらなくても良い。投げ後に魔法を発動させ繰り返すと元の魔法や呪いは霧散する。

 なお、調理済みのものが最も効果が高いが、食べ物であれば基本的に問題ない。

 ウルフはこの論文を元に、ネイビーの魔法を「その三」と定義して、残った残留物である焼死体を魔法分解してみることにした。


 星見の入江では、毎月20日前後に205号室に焼死体が現れ、5日後に消失するということを繰り返しており、ウルフは事件から丁度2年目の11月20日に治安維持隊と他の研究員を連れて残留物の処理に向かった。

 その日のうちに解決することはできなかったが、分解は順調に行われ片手が翌月には現れなくなり、その翌月には片足が、というように消えていった。

 ついに3772年7月には焼死体は現れなくなった。

 しかし、同じ年に星見の入江は閉館した。経営において、集客が上手くいかなかったこともあるが、再び開業を行うためにホテル業の見直しを図るとして、彼らは他のホテルを見に長期の旅行へと出掛けていった。いつの日か、再びホテルが開業されるのを夢見て。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る