三度目

 気付けば街はクリスマス一色に染まっていて、私は十代最後の年もまた彼氏ができなかったことを嘆いていた。

 この頃、彼の存在はすでに私の日常の一部だった。

 電話の向こうの彼に、クリスマスの予定はないのかと尋ねると

「バイト先の女の子にクリスマスデートに誘われた。

 だけどその子のこと正直どうも思ってないから、行くか迷ってるんだ。」

 とのことだった。

 彼に好意を寄せているライバルの存在に少し気が立ったけど、心を落ち着かせ、でも彼とその子をどうにかして引き剥がすべく、必死に頭を回転させて最善の答えを導き出した。

「クリスマスっていう特別な日にデートに誘うってことはきっとその子はあなたのことが好きなんだよ。

 その気持ちに答えられないならその子のためにも断った方がいいよ。」

 少し悩んだ後に彼が口を開いた。

「そうだよね、断るわ。

 てことでクリスマス暇になったから遊ぼうよ。」

 全くこの男はどれだけ私の気持ちを揺さぶれば気が済むのだろうか、この調子じゃ心臓が何個あっても足りない。

 動揺を隠すことに全神経を集中させ、いつもの調子で答える。

「何それ、別にいいけど」

 これが俗にいうツンデレというやつだろうか。こんなに可愛げのないツンデレがあってたまるか。

 その日から私は夢にまで見たクリスマスデートに向けて美容院を予約し、普段あまり行かないネイルサロンも予約した。

 胸を高鳴らせながら準備をするこの期間の楽しさを男子諸君は体験することができないことを心の底から嘆かわしく思う。

 あっという間に約束の日はやってきて、遠足の前の日に寝られなかった幼少期の記憶が蘇った。

 私の緊張なんて知らないような顔で当たり前に遅刻してくる彼。

 悪びれる様子はなかったけれど、せめてもの償いのつもりなのか、間違って二個買っちゃったと私に差し出したホットココアはまるで二人の関係のように甘ったるくて生ぬるかった。

 私は友人にクリスマスプレゼントを買おうと思っていたのでまたしても私の買い物に付き合ってもらうことになった。

 彼がおすすめしてくれたおしゃれな香水屋さんに入った。

 店員さんが話しかけてきて私の手にテスターを振ってくれて匂いを試させてくれた。

 同じように彼の手元にも香水を振るか店員さんに尋ねられた彼は私の手を取って、

「こいつの嗅ぐんで大丈夫です」

 と私の手に顔を近づけてきた。

 必死に平静を装ったけど私の口角は上がる一方で初めてマスク社会に感謝した。


 彼は、前回の言葉の通り、終電の少し前の電車に私を乗せて家に帰そうといした。

 一日に五回戦もできてしまう彼はおそらく人より性欲が強い方だと思う。なのに私を家に連れ込まずに、真っ直ぐ帰そうとしたのは、彼なりの優しさと捉えてもいいのだろうか。

 彼の最寄駅で、帰りたくないと駄々をこねる私を

「俺よりお前の方が性欲強いから俺が我慢できてもお前ができないでしょ。

 だからちゃんと帰れ」

 と宥める彼に最後に一つだけわがままを言った。

 前に家で私を抱いてくれたように、彼の大きな体で包み込んで欲しいと頼んだ。

 それを聞いた彼は少し困ったように周りを見渡して、

「人が多いから恥ずかしい」

 と言うので、私は断られてしまったことに少し落ち込んでいると、ホームに電車がやってきて、辺りにいた人たちが電車に乗り込み、降りてきた乗客達でまたホームは賑わった。

 その人波に乗じて私を抱きしめる彼。

 私は嬉しくてたまらなくて上がる口角を押さえ込みながら、もっと強く抱きしめてとお願いした。

 するとプロレス技のように私の首を絞め上げる彼に笑いが止まらなくなった。

 彼のこうゆうところが心の底から大好きだった。

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