第3話 近未来の障害

翌日の夜。

都市は同じ顔をしていたが、動きは確実に速くなっていた。


ヘルメスは下層区画の雑踏を歩く。

頭上を走る高架軌道、足元を流れる広告光。人の流れは多いが、互いを見ていない。


端末が震える。

今度は無視しなかった。


「追跡、始まってます」


リオの声は低かった。


「マックス・ジョーが動いた瞬間、都市AIが反応しました。彼、個人じゃない。準公的な存在です」


ヘルメスは歩調を変えない。


「どういう意味だ」


「簡単に言うと、殺せば即、全ドローンがあなたを追う。逃げ場は……」


「ないな」


「はい」


通信が一瞬、途切れる。

ノイズの向こうで、別の信号が割り込んでいた。


ヘルメスは足を止め、路地に入る。

壁面に設置された監視カメラが、ゆっくりと角度を変えた。


その瞬間、視界の端で何かが光る。

反射的に身を伏せる。


高エネルギー弾が壁を穿ち、コンクリートが砕け散った。

遅れて、甲高い駆動音。


警備ドローン。

二機。


「もう来たか」


ヘルメスは走る。

直線ではなく、折れるように。階段を駆け上がり、非常扉を蹴破る。


ドローンは追ってくる。

上空からの照準レーザーが、床をなぞった。


踊り場で振り返り、刀を抜く。

金属音が、狭い空間に響く。


一機が突っ込んできた。

刃を横に振る。火花。ドローンの外装が裂け、壁に激突する。


もう一機が距離を取る。

次の射撃まで、わずか数秒。


その間に、扉が開いた。


「こっち! 」


リオだった。

作業着姿で、端末を片手に持っている。


ヘルメスは迷わず飛び込む。

扉が閉まり、重いロック音がした。


内部は古いメンテナンス通路だった。

都市がまだ完全に自律化する前の遺構。


「ここなら、少しは時間を稼げます」


リオは息を整えながら言う。


「なぜ助ける」


「仕事ですから……と言いたいところですが」


彼は一瞬、言葉を切った。


「あなたみたいな人、データに残らないんです。だから、興味がある」


ヘルメスは刀を納める。

刃に付いた金属粉を、布で拭った。


「マックスはどこだ」


「上層です。表向きは、企業の調停役。裏では……」


「昔と同じか」


リオは苦笑する。


「問題は、近づく方法です。彼の移動ルート、全部管理AIが見てる」


通路の奥で、何かが起動する音がした。

ドローンが侵入してきた。


「時間切れですね」


リオは端末を操作し、床の一部を開く。


「非常用の昇降シャフトです。上に直通。使われてません」


「君は? 」


「戻ります。ここから先は……あなたの仕事でしょう」


ヘルメスは頷き、シャフトに飛び込む。

上昇が始まる。


暗闇の中、振動だけが伝わってくる。

都市の管理網、無数の監視、合理的な障害。


それらはすべて、彼にとって新しい。

だが、やることは変わらない。


上昇が止まる。

頭上のハッチが、静かに開いた。


その先には、風と光があった。

そして、確実に近づいている因縁。


ヘルメスは外に出る。

刀の重さを確かめるように、柄を握り直した。

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