(3)慰安会への道

 春学期の二大イベント、入学式と卒業式が恙なく終わった貴族学院は、平常を取り戻していた。今はあれから暫く経った、朝の授業中。



 今年、ルディヤナ王国中から集まった貴族子女は約200名。学院は共学ではあるものの、校舎は男子館・女子館に分かれており、授業も一緒に受けることはない。


 クラスは特に成績順ということもなく、適当に振り分けられて1クラス20名といったところか。


 別に忖度の結果ではないが、クレットとハーティは同じクラス。

 そのクレットは、真面目そうに、だが内心は(こんなの実家で教わり終えてるのよねぇ)などと思いながら、講義を受けていた。


 その時、


 コロコロコロっ!


 と軽快な音が耳、というか頭の中に響いた。


 他の生徒にも講師にも聞こえない、魔法通信の呼び出し音である。


 続いて、


「チヅカ家のエーベルトでございます。今よろしいでしょうか。クレットお嬢様?」


 クレットはやや斜め上を向くと、念話で応答する。若干紅潮しながら。


「大丈夫よ」


 すると、他人には不可視の円形のモニターが視線の先の中空に表れ、初老に差し掛かった品のいい男性の顔が映った。


「先週ご依頼いただきました、慰安の件につきまして」

「う、うんうん。それで?」


 食い気味に尋ねると、


「手立てが整いましてございます。いくつか予定をしておりまして、お嬢様のご都合をと」

「一番早いの! 最速でいつ?!」

「……最速ですと、本日の午後からとなりますが」

「今日ね! 行く! 行きます!」


 やや呆れた内心をおくびにも出さず、男性は頷いた。


「では本日13時ですね。シュヴェリーン西区の第6基地においでくださいますでしょうか」

「第6ね? 判ったわ」


 そういいながら『種』から地図を引っ張り出し、場所を確認するクレット。


「では、お待ちしております。それでは」


 彼がそう言い残すと、画面は消えた。



 講壇からは、その様子ははっきり見えていたが、講師は(「斜め上」中か。はいはい)とスルーしていた。

 ちなみに「斜め上」とは、このように通信しているとき、斜め上を向いてしまうところからのスラングである。


 講義の説明がキリのいいところで一度止まると、阿吽の呼吸ではないが、「先生」と発声してクレットが立ち上がる。


「申し訳ありませんが、用事が出来ましたので、退室いたします」

「ニシノハラ嬢、判りました」


 こういう時は大抵が実家の呼び出しなので、講師にこれ以上のコメントの余地はない。


 クレットは魔法で、刹那で片付けを済ませると退室していく。

 退室の際一瞬だけ、ハーティと目が合った。

 クレットは普段通りの顔のつもりだったが、微妙に口角が上がっていたか、微妙に鼻が膨れていたか?

 幼馴染の変化を見逃さなかったハーティは、


(何? なんなの? 何も聞いてないけど……)


 思わず指を噛んで、慄く。


(あいつ……抜け駆け、てか一抜けしようってんじゃないでしょうね?!)



 クレットは一度自室に戻った。

 普段もそうだが、扉など開けない。すっと溶け込むように扉を通過すると、クローゼットから必要そうな服を適当に、といっても10着ほどは引っ張り出して、『空間』に放り込んでいく。


「あ、お腹鳴っちゃったりしたらまずいな」


 『空間』から適当に摘まむものと飲み物を取り出し、さっとお腹に入れると、とっとと部屋から出て行った。


 寮の中庭に来ると、パッとクレットの衣装が、制服のワンピースから軍服に変わる。

 こういう早着替えの魔法はクレットの得意中の得意である。


 彼女はふわっと浮かんだかと思うと、その高さはすぐに校舎よりも上まで舞い上がり、方向を見定めると高速で飛び始めた。


 飛びながらもにやけ面が止まらないクレットだったが、少し飛んだところで訝しげな表情にかわる。


(誰か、追尾してきてる?)


 警戒して念のため上空で一旦停止して向きなおすと、それほど待たないうちに二人、侍女姿と軍服姿の女性が飛んできた。

 クレットは警戒を解く。侯爵家で顔見知りの人間だった。名前までは覚えてないけれど。


「クレットお嬢様」

「うん、どうしたの?」

「いえ、どうしたのって仰られましても」


 軍服姿の方の女性が窘める。


「未婚の貴族女性を一人、男所帯の軍基地に入らせるわけないじゃないですか」

「御館様より、近侍するよう申し付かりましたので」

「え、あ、そう。それは手間をお掛けしたわね」

「先導いたしますので。では」


 再び飛んで10分ほど。3人は第6基地の正面ゲート前に降り立った。


「お嬢様、お衣装なのですが」


 侍女役が言う。


「流石に軍服というのはどうかと。最初の挨拶はドレスになさいませ」

「え、だめ? 軍だしと思ったんだけど」


 それプラス、空を飛ぶのにスカートはNGということもあったのだが。


 護衛役の方の侍女が言う。


「お嬢様? 慰安ですからね? 従軍するわけじゃないですからね?」

「そう……まあそういうなら」


 そういうとクレットは、歩きながらパッパッと持ってきたドレスを早着替えして、

「これはどう?こっちは?」

 などと侍女役に尋ねる。


 護衛役は頭を抱えて、周りの兵たちが言葉なく、興奮しているのを視線で咎めながら、


「またお嬢様はそういうことをする。肌が見えないからいいって事じゃないんですよ?」


 侍女役にOKをもらったドレスに落ち着いたクレットはぺろっと舌を出した。


「あはは、楽だからついね」


 そういいつつ一行は、第6基地の宿営所に入っていくのだった。

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