(1)クレット・カレン・ニシノハラの憂鬱

「はぁ……」


 溜息の主の名は男爵令嬢クレット・カレン・ニシノハラ。

 先月、王都星の貴族学院に入ったばかりで、早くも現実に打ちのめされていた。


「庶子」――その二文字だけで、ここまで婚約者の当てがない現実に。


 もう一つ、溜息を吐くとクレットは顔を上げて魔法を発動させる。目の前に、他人には見えない姿見を表示させた。

 サラサラの銀髪を肩口あたりで切り揃えた、銀眼の美少女、それがクレットの自己評価である。

 身長はやや物足りなく、それに比例してか出るところも少し物足りない気はするが、「ま、まあ成長期だし? もう少し付くよね、きっと」と誰に言い訳するのかつい口に出た。


「……もう少し?」


 はっと気付いて姿見を消し、そちらをクレットが見やると、クレットより頭一つくらい長身の、栗色の髪に勝気な目線の少女が立っていた。


「常々思うんだけどねクレット。貴女がモテないのって、庶子とか関係なくそのちんちくりんな容姿のせいじゃなくて?」

「何が『常々思う』よハーティ。毎回口に出して言ってるじゃないの!」


 栗色の髪の少女は騎士爵令嬢ハーティ・レブナント。同じく入学したばかりの16歳である。

 こう見えて二人ははとこの間柄で幼馴染。周囲は二人を親友として見ていた。


「こんなところで溜息ついて、幸せが逃げるわよ? 幸せになれるかは知らないけれど」

「そっちがね。貴女こそ庶子でもないのにご縁が無いって、その余計な事言いの性格のせいじゃないの?」

「庶子に拘るわねぇ貴女。このママっ子」

「ママっ子言うな!……そりゃ寿命が半分かもしれないんだし、当たり前でしょ」

「だから胸が足りない方がよっぽど問題だってあれほど」


 ここで「あ?」「お?」などと睨み合ったりはしない。あくまで淑女同士である。顔には笑ってない笑顔を貼付け、口角をあげつつ「うふふ」「おほほ」などと言いながらである。


 ……親……友?

  ま、まあ、文字通り気の置けない仲であるとは言えるのだろう。

 普段からこのような傷を舐めあう、というより瘡蓋を剥がしあうような様子なのだが、親世代の大人たちからはいつも「本当に二人は仲が良いわねぇ」などと言われ続けて憮然とするまでがお約束なのだった。


 その内に、どちらからとも無く目線を反らし、揃ったように「はぁ」と溜息を吐くと、どちらからともなく促して、元々の目的というか約束だった、寮内のカフェに向かった。侍女も連れずに。



 さて、二人がエントランスに差し掛かった時、向こうからとある令嬢の一団と遭遇した。

 一団、と表現したのは、中央に位置する令嬢の周りに侍女が5名に、護衛らしき男装の女性が数名ついていたからである。そして令嬢の隣の侍女の腕の中には、親指を咥えながら愛らしい姿で眠る、赤ん坊の姿があった。


 彼らを目にした瞬間、クレットとハーティは一瞬目を合わせると、にこやかな表情を作って全く同じタイミングで挨拶をした。


「「エミリア様、ごきげんよう」」


 ちなみに目を合わせた一瞬で二人が考えたことは、版を合わせたように(こいつが侍女に見えるよね?)ということだったが言わずが花である。


「クレット様、ハーティ様。ごきげんよう」


 挨拶した相手は男爵令嬢エミリア・ハーティロウ。彼女「も」新入生である。豪奢な黒髪を湛えたエミリアは、ついと赤ん坊に目をやると、にっこり、ややにんまり気味な笑顔を浮かべた。

 赤ん坊は彼女の息子でまだ生後1ヶ月である。


 エミリアは、その表情のままクレットたちに向き直ると、少し小首を傾げながら「それでは」と言って、一団は去っていった。


 笑顔を残しながらも内心では(くぅぅぅ!)と悔しさに悶えるクレットにハーティは、

「アレが私たちの代の主席になるのかしらねぇ」

「どう考えてもそうでしょ。なにせ、入学式の翌日に産むように調整してくるほどだし」

「まあ、貴女にはどうしたって真似は出来なかったでしょうけどねぇ」

「貴女もね」



 クレットとハーティは、カフェでのお茶もそこそこに、さっさと自室に引っ込んだ。


 寮の部屋は、外観はドアがずらっと並んでいる、ワンルームマンションか何かの光景に見えるのだが、扉の中は、古代の単位でいうとざっと30LDKはある広大な空間になっている。魔法によって構築されている空間だ。

 なぜこんなにも広いのか? それは部屋の主に子供が出来ることが前提であり、子供と妊婦の世話をする侍女たちが大挙して領地から送り込まれてくるからで、むしろこれくらいは無いと困る。


 但し、それは「妊娠したら」であった。


 しかも、未妊娠の娘には侍女は入れられないなんて念入りな校則まであって。


 音のしない部屋に一人。

 クレットは、無駄に洗練された魔法で準備したお茶をいれつつ、使われないスペースを眇めながら、また人知れず溜息を吐くのだった。


「……はぁ」

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