第2話 お客様

「失礼、もう入っても平気かな?」


朝9時。


「ええ勿論。どうぞ、お好きにご覧ください。何かあればお声がけください」


入ってきたのは身なりのいい男性。

後ろには燕尾服に身を包んだ初老の男性。

お貴族様だろうか。


「君、歳はいくつだい?」


「私の歳、ですか?」


「君以外にいないだろう」


「私は今年で16になります」


よくわからない。

何故私は今、年齢を聞かれているのだろうか。


「私の娘も君と同じぐらいの歳なんだが、今の流行りがわからなくてね。」


男は少しだけ生えた髭を撫でつける。


「娘がここの人形が欲しいと言っていてね。作り手の君の意見を聞きたい」


指についている、煌めく宝石の指輪。

彼なら私が作る人形の殆どを値下げせずに買えるだろう。

いっそのこと高い物を適当な言い訳で売りつけたっていい。


しかし、それは私の美学に反する。

売るならば、最上の物を。


「お嬢様はどのようなものがお好きなのでしょうか?服でも色でも、何かお好きなものが分かれば、相応しい物をご用意できるかと」


目の前の彼は、眼を伏せる。

どうやら親子の仲はそこまで宜しくないようだ。


「…ご事情があるようですね」


私は、彼の横を通り抜けて、扉にかけた「open」という、

釣り看板を「crose」に変えた。


「お貴族様、紅茶はお飲みになりますか?従者の方も」


「君は、歳よりも大人のように見えるね。本当に16歳かい?」


「よく言われますが、私はただの人形師ですよ」


今の私は人形師。

『原初の魔法使い』などではない。

魔法で導き出せる救いを求められない限り、私は人間だ。


「お貴族様、ご事情を伺っても宜しいでしょうか?」


「その前に、その呼び方を変えてはくれないか?落ち着かない」


「それは失礼致しました、家名を伺っても?」


「私はアイシュ・ド・シュヴァルツ。王都から少し離れた場所で領主をしている」


やはり貴族階級。ということは、隣に居る従者である彼も、腕が立つのだろう。

領主、つまり伯爵様か。


「では、シュヴァルツ伯爵様とお呼び致します」


「ああ、そうしてくれ」


私は紅茶を用意しながら、従者の方に視線を移す。

人間にしては珍しい綺麗な銀髪。ありきたりな表現だが、それが事実なのだ。

美しすぎるが故に、相応しい言葉が見当たらない。


「従者の方のお名前も聞いて宜しいでしょうか」


「ああ、この男はアリオン。アリオン・ライスター。私の屋敷の執事であり、騎士だ。腕は確かさ」


紹介された彼は、ぺこりと頭を下げる。

所作も美しい。随分と礼儀正しい男のようだ。


「それではライスター様とお呼び致します。私のことは、人形師とお呼びください」


「名前じゃなくていいのかい?」


「ええ、構いませんよ。皆様からもそう呼ばれていますし、そちらの方がしっくりきますので。あ、紅茶です。ライスター様もどうぞ」


「…アリオン、飲んでいいぞ、許可する」


「それでは失礼致します」


ライスター様も紅茶に口をつける。さりげなく手元を見る。

カップの持ち手に指を入れていない。本当に躾が行き届いているらしい。

言い方がかなり悪いが。

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