『女性に人気の島』

香森康人

女性に人気の島

 ポリネシアに浮かぶ小さな島に、新婚旅行でやって来た。高級感はないけれど、素直な自然が広がり、特に女性に人気の島だという。

 船で白い浜辺に到着すると、黒人のガイドが法螺貝を吹いて迎えてくれた。筋肉質で岩みたいな男である。

「イアオラナ、こんにちは。ようこそ」

 ガイドはにっこりと微笑み、僕等のスーツケースを持ってくれた。日本語が話せるようである。

 浜辺にはアクアマリン色の波が静かに寄せては返し、ヤシの木がサラサラと揺れている。開けた丘には赤や黄色の南国の花が咲き乱れていた。

「綺麗なところですね」妻が言った。

「ええ。まあ、ゆっくり楽しんで下さいよ。ここは女性に人気の島だから」ガイドは妻を下から上まで見て、胸の辺りで視線を止めニヤリと笑った。

 なかなかいい女だ、目がそう言っていた。引っ込み思案の妻は、はにかみながら恥ずかしそうに頷いた。

 僕等はロッジまで行き荷物を置くと、ガイドに案内されて島を回った。見晴らしのいい崖や、小高い丘、置き去りにされた古い大砲などを眺めながら、のんびりと散歩した。

 ガイドの話も面白く、僕はとても気分が良くなったが、妻はどこかソワソワとしていた。どうしたのと聞いても、何でもないと言う。ガイドはジロジロと妻を眺め、妻は一層気分悪そうに俯く。

「ロッジに戻りたい」

 残念だったけれど引き返した。


「お腹でも痛いの?」

「ううん、大丈夫」

 怒っているのではない。生理でもない。

「あの男が気持ち悪かったかな? ごめんね、気づいてあげられなくて」

 妻は黙っていたが、少ししてボソッと呟いた。

「一人で散歩してきてもいいかな?」

「もちろんいいよ。行ってきな」

「ありがとう」そう言うと妻はそそくさと出て行った。

 僕はモヤモヤとしながら、ベッドに寝転んで窓の外に広がる青い波を眺めていた。新婚旅行なのに一人になりたいってどういう意味だろう。でも、自分に原因があるとは思えない。いくら考えても分からなかった。

 しばらくして妻がさっぱりとした顔で帰ってきた。

「何してきたの?」

「ちょっとその辺を歩いてきただけ。ごめんね」

 すっかり元気そうで、ニコニコしている。

 ・・・・・・解せぬ。

 ふとあの筋肉質の黒人の顔が浮かぶ。女はおしなべて筋肉好きである。僕はやせっぽちだ。

 ・・・・・・まさかね。


 レストランで、フレンチの夕食をとり、夕涼みをしながら浜辺を歩いて帰ってきた。そして、僕は妻を求めた。当然の成り行きである。しかし、拒まれた。今日は疲れてるから、と。

「新婚旅行で疲れてるはないだろう?」

「・・・・・・ごめんね」

 いつも比較的ノリノリな方なのに一体どうしたのだろう。またあの黒人の顔が浮かぶ。もしあの男の相手をしたのならさぞや疲れるだろう。信じられないけど、納得はいく。昼は、ただ疼いていただけなのか?

 妻が風呂に入っているとき、僕はこっそり妻の下着を確認した。異常はない。しかし、ゴミ箱に捨ててあったパットには、何やら粘っこい半透明の液体が引っ付いていた。しかも、その液体には黄色い粒粒したカズノコの卵みたいなものが浮いていた。

 ゾッとした。

 寄生虫の卵? 妻のものではない。おそらく別の誰かの液体。

 落ち着かないと。勘違いかもしれない。

 風呂から出てきた妻を笑顔で迎える。明日もあるし、早く寝ようと僕は言った。何もしないならさっさと寝たかった。

 

 夜、妻はベッドを抜け出し、部屋を出ていった。寝付けずにいた僕は、後をつけた。

 妻は月明かりが照らす中、夢遊病者のように歩き、森の中に入っていった。もしこの先にあの男が待っていたら僕はどうしたらいいのだろう。力ではかなわない。指をくわえているしかないのか。

 ふと脛を何かが叩いた。

 見ると、変な植物が生えていた。紅色の長い棒状のものが天を向いている。そして先は滑らかに丸くなっており、それがそこらじゅうに生えている。

 信じられなかった。

 妻が下着をおろして、その棒を自分の中に入れていたのだ。そして気持ち良さそうに喘いでいた。

 僕は近くにあったその赤い棒を手で撫でてみた。ツルツルとして気持ちがいい。弾力があり、程よく柔らかい。そして上下に手を動かすと、先端から濁った液体が溢れてきた。粒粒入りの。

 恐らく女だけが感じる香りを出して、吸い寄せるのだろう。そして種を放出し、運んでもらい、オリモノとなって排出されるのを待っている。野ざらしにされている所を見ると、きっと害はないのだろうが。

 ・・・・・・女性に人気の島か。

 妻は一つ目が終わったのか次のに乗り換えている。

 まあこれも奇妙で貴重な旅の思い出として面白いのかもしれない。妻も喜んでいるし。でもこいつらを満足させて、僕にお鉢が回ってくるのは一体いつになるのだろう。

 そこらじゅうに生えた赤い棒を見渡した。

 島は僕に見せつけるように何度も妻を犯していた。恐らくこの卑猥な植物の種は妻の体に隠れて日本に渡るのだろう。妻が庭に植えないことを祈ることしかできなかった。


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『女性に人気の島』 香森康人 @komugishi

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