第2話
笑美は何日たっても部屋から出てこなかった。
「笑美、どうしちゃったの?」
「食事の時間くらい出てきなさい」
「お姉ちゃん今ごろ反抗期なんじゃない?ほっとけば」
「何か食べないと…」
「腹が減ったら出てくるだろう」
「かまってほしいだけだよ」
「笑美、部屋の前におにぎりとおかず置いておくわよ」
笑美はカーテンを閉めた部屋の中で布団にくるまり、身じろぎもしなかった。
◇
笑美が部屋に閉じこもってから数か月、両親は何度も笑美を部屋から連れ出そうとしたけれど、それはことごとく徒労に終わった。
笑美以外の家族は相変わらず激しい感情のやり取りを続けていたけれど、月日の流れとともにこの状況を徐々に受け入れ始めていた。
笑美は、真っ暗な部屋の中で耳をふさぎ、トイレと必要最低限の食べ物を口にするする以外の時間を布団にくるまって、激しい感情と思考の渦をやり過ごしていた。
うずくまり続けてどれくらいの時が経っただろう、やがて、家族の空虚な働きかけが落ち着くのと同期するように、笑美は少しずつ世界との接続を再開した――パソコンという窓を通じて。
時間の概念すら曖昧な中で、画面をスクロールしてXや掲示板を見ていると、笑美の混沌は増した。
正義の皮を被った誰かの怒りの言葉、またその皮すら脱ぎ捨てた荒々しい憎しみの言葉たちは、笑美の心を刺すように、また笑美の内部で渦巻く感情を代弁しているかのようで、気がつけば貪るようにそれらの言葉を追いかけていた。
〇〇@***
被害者ぶってる人ほど実は何も失ってないよね。
△△△△@***
つらいなら逃げればいいとか簡単に言うけど
じゃあ誰がその後始末すると思ってるの?
□□□@***
甘えてる人が多すぎる。
大人なんだから、自分の人生くらい自分で責任取ればいいのに。
………
〇〇〇@***
もう関わりたくない。人が嫌い。
△△@***
努力? 笑わせるな 運が良かっただけだろ。
□□□□@***
全部壊れろ 〇ね
………
◇
笑美は、暗く無秩序な部屋の中で、その日も画面の文字を追っていた。櫛を通していない髪と肌には皮脂が、そして濃縮された体臭が蓄積され、笑美は以前の彼女からは想像できないような、ある種の異様な空気をまとっていた。
目を覚まし、布団にくるまったままつけっぱなしのパソコンでXのおすすめタイムラインを開いた笑美は、偶然流れてきた見知らぬアカウントがエミという女性に向けて発したつぶやきに目を奪われた。
そのアカウントのホーム画面を見に行くとその場所は、笑美と同じ『エミ』という音を持つ名前の女性を激しく求める誰かの、行き場のない叫びで埋め尽くされていた。
……
tank22@***
エミ好きだよ、エミ
2024/08/02 18:42
tank22@***
会えないときもずっとエミのことを考えてる
2024/08/02 20:28
tank22@***
エミに会いたい、話がしたい
2024/08/02 20:51
tank22@***
もうエミのことしか考えられない
2024/08/03 01:04
……
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