アマテラス

水遠遥

第1話

 燦々さんさんと輝く夏の太陽のもと、子どもたちは公園で楽しそうな声をあげている。


 笑美えみは遮光カーテンを閉め切った洞窟のような部屋の中で、岩の割れ目から漏れる光のようにただそこだけが四角く光るパソコンの画面を見つめていた。



  tank22@***

  エミ好きだよ、エミ

  2024/08/02 18:42



  tank22@***

  会えないときもずっとエミのことを考えてる

  2024/08/02 20:28  



  tank22@***

  エミに会いたい、話がしたい

  2024/08/02 20:51


  ……





 笑美は短大に行くのもやめて自室に閉じこもり、食事は一日に一度、母親がドアの前に用意しているものを食べている。


 笑美が引きこもるなんて、家族のだれも想像していなかっただろう。感情表現の激しい父、自己主張が強い母、気が強く奔放な妹の翔子に囲まれた笑美は明るく常に穏やかで、まるで家族の緩衝材のような存在だった。



 笑美が引きこもる前、彼女を除いた三人はリビングで毎日のように言い争いをしていた。



「おまえたち、いいかげんにしろ!」


「おねえちゃんってちょっといい子ぶってるよね」


「翔子がわがままなのよ。笑美を見習いなさい」



 笑美はいつものように少し困ったような笑顔を浮かべ、明るくなだめるような口調で言う。



「お父さんちょっと落ち着いて。お母さんも疲れてるだろうし、翔子も家を出るまで少し我慢したら」


「ほらやっぱりいい子ぶってる」



 蛍光灯の光が、散らかったテーブルと家族の上気した顔を青白く照らし、いたたまれなくなった笑美は微笑みを張り付けたまま食器を片付けるために席を立った。





 笑美もほかの家族と同じように意思を持っていた。ただ、それを外に向けて表現するエネルギーが、家族のそれの中で一番小さかった。



 仕事から帰り疲れた様子の母が、笑美に愚痴をこぼす。



 「翔子は本当に困った子ね。お父さんもすぐ怒鳴るし」


 「そうだね。今日も夕飯の用意途中までしといた」


 「あらありがとう、助かるわ。翔子も笑美みたいだったらいいのに」


 「翔子はお母さんに似たんじゃないの?」


 「まあ、そんなことないわ。笑美の方が私に似てるわよ」



 お母さんと翔子はそっくりだけどな――笑美はその言葉を飲み込んで、その日も母の愚痴に相槌を打った。





 「笑美は就職どうするの?短大で幼稚園教諭の資格とるんでしょ」



 自分と並んで洗濯物をたたむ笑美にそう聞いた母は、看護師をしている。



 「資格を取って安定した仕事につきなさい。大学も短大より四年制のほうが良かったと思うけどね」


 「……」



 笑美の過去の選択と将来は常に両親にジャッジされてきた。短大進学は、笑美が初めて両親の強引な勧めを押し切って決めた進路だったけれど、母親はことあるごとに、笑美が四年制大学へ進学しなかったことをまるで重大な過ちであったかのように指摘した。


 あと一年半、この家から出るまでの我慢だ――外からは全く見えないけれど、幼いころから調節し、押し込め続けた笑美のマグマのようなエネルギーは、いまにも吹き出しそうになっていた。



 「やっぱり保育関係か福祉の仕事がいいわね。資格も取れるし笑美は優しいから。でも本当なら四年制大学で何か他の資格を取った方が良かったと思うけど」


 「優しくなんかない!」



 笑美は突然大きな声で叫ぶと、たたんだ洗濯物を蹴飛ばして自分の部屋に閉じこもり、そして出てこなくなった。

 


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