第4話 全ては今、始まっている
第4話 全ては今、始まっている
レインお兄様との決闘を経てからは、私の生活は以前のものと全くの別物となっていた。
毎朝6時に起きて身支度を済ませた後、朝食の時間の8時まで身体を鍛える。
そこから昼時までクレイお兄様の魔法座学と魔法訓練、昼食を取った後は、ルーレお兄様や騎士団の皆さんとひたすら打ち合い稽古だ。
夜は歴史に関する本やその他様々な分野の本を読んで、22時には必ず寝床に着いて寝る、そんな生活だ。
そんな生活が、3ヶ月経った時の事だった…。
*
とある晴れた日の事だった。
いつも通りクレイお兄様に"魔法"について色々と教えられている時だった。
それよりもまず、魔法について自分の中で一旦おさらいしておこう。
魔法とは、"この世界に生きる者の特権"というのが現在の最も有力な説だ。
"魔力"それこそが"魔法"を発動させるための必要なエネルギーだ。
魔法とは魔力を燃料源にすることによって、その効果を発揮できるのだ。
そして、その魔力はこの世界に生きとし生ける全ての生物の体内を巡っている。
まるで、血液の様に。止まることなく循環している。
その力を自分の望むように"想像"し、影響を与える。
これが、魔法というものだった。
魔法には幾つか種類があり、特に有名なのは《無詠唱魔法》、《保存式魔法》、そして《家系魔法》の三つだ。
魔法とは詠唱を行ってから効果が発動するのだが、その詠唱を省くことができるのが《無詠唱魔法》だ。
《保存式魔法》とは、事前に魔法を唱えそれを"保存"しておくことで好きなタイミングで効果を発動できるというものだ。
そして三つ目の《家系魔法》についてだが、これに関しては本当に珍しい魔法だ。
《家系魔法》というものは、先祖代々伝わる"身体に刻み込まれた魔法"と言うもので、扱える者が限られているのだ。
はるか昔、何らかの理由で身体に刻み込まれた魔法が、子供に継承され、それが続いて力を増したのが《家系魔法》と呼ばれるものだそうだ。
《始祖の勇者》の血筋――つまりは、お母様やレインお兄様達も強力な《家系魔法》が扱えるのだ。
それなら、《始祖の勇者》の血を継ぐ私にだって使えた――ハズだった。
ここで驚きの事実が発覚する。それは、私を絶望の一歩手前まで落とすには十分すぎる理由だった。
「……ユウキ、単刀直入に言おう。どうやらお前には、魔力が流れていない」
「…はぇ?」
動揺の余り、手に持っていた羽根ペンを落としてしまった。
魔法座学ばっかりの3ヶ月間。ようやく座学に一区切り付いて、実技に入れると思っていた矢先に告げられた残酷な事実。
私には――普通の人なら流れているはずの"魔力"が……一切流れていなかったのだ。
*
「ユウキ!今日はやけに剣筋に迷いがあるね!そんなんじゃ強くなれないぞ!!」
時刻は夕方となり、今はルーレお兄様との打ち合い稽古を行っていた。
午前に判明した衝撃の事実……。私には魔力が無いということ。
それは、魔法も使えなければ"銀嶺屋敷"自慢の《家系魔法》も一切使えないという事なのだ。
そんな悲しい現実を突き付けられると流石の私でも落ち込む。
それでも、気持ちを切り替えなければならないと思い、最近習得した《空晴流》の上級技――"蒼晴斬" を自分の迷いを断ち切るかのように力を込めて振るった。
「うん!今の一撃は良かったよ!《空晴流》も様になってきたね!」
そう言って距離を取り賞賛の言葉を述べるルーレお兄様。
「ちょっと休憩しようか、10分後にまた再開で!」
ルーレお兄様との稽古は、ひたすらに打ち合って体力と集中力を身につけるスタイルだった。
ふぅー、と一息つき、剣の状態を確認する。
よし、ひび割れも刃こぼれも無し、かなり力を込めて技を放ったが……大丈夫そうだ。
レインお兄様との決闘を経て、私には武器を手入れする、という習慣を身に付けたのだ。
あの決闘だって、常日頃から武器の状態を把握しておけばあのタイミングで壊れることは無かったハズだからね。
もし、魔物との戦いの最中に武器が壊れてしまったら…それは死を意味する。
そうならない為にも、自分の武器に対して手入れを怠らない、と強く心の中で誓ったのだ。
この3ヶ月の間で私は、ルーレお兄様から攻めを基本とする《剣星流》と守り主体の《空晴流》の二つを教わっていた。
剣星流と空晴流はこの世界における《三大流派》に分類されているのだ。
ちなみに、もう一つの流派は《勇者》本人にしか扱うことができない伝説の流派と呼ばれるものだそうだ。
《始祖の勇者》直属家系の者にも流派の詳細は伝わってないそうで、正に伝説の流派。
そして、レインお兄様と戦った時に感じた"既視感"は、やっぱり偶然では無かった。
クレイお兄様の扱う空晴流の技に、何度も既視感を感じるのだ。
しかも、剣星流にも幾つかの既視感を感じているのだ。
空晴流には、親友が編み出した数々の技や構えと似ているものが多く、剣星流には私が考えた技と似たようなものが多かったのだ。
しかし、全てが一致している訳ではなく、全く知らない技なども幾つかあった。
しかし、流派の本筋は私と親友が作ったものと酷似していた。
偶然似た――なんて事は絶対に無いと思われた。
様々な要因を考えてみたが、私が導き出した結論は――私と親友の作った剣技を見た第三者が、それをベースにして二つの流派を編み出した――というものだった。
それでも疑問点は残る。
私と親友はずっと二人だけで鍛錬していたから、見せたことも無いし、見ていた者もそうそういないハズだ。
まあ、流派の開祖とか正直どうでもいい。
大事な点は、剣星流と空晴流のどちらも習得にはそれ程時間が掛からなかった、という点だ。
この3ヶ月の間で、二つの流派の"最上級"技までなら扱えるようになった。
ちなみに、最上級というのは技の等級だ。
技の等級には
《初級、中級、上級、最上級、奥義、秘奥義、最上級秘奥義》 の合計七つがある。
"最上級"から上の"奥義"からは、しっかりとその流派に属する者でなければ習得を許されないそうだ。
実は、魔法にも似たような等級がある。
魔法の等級は、最上級までは剣技と同じだが、そこからが違う。
最上級の上に
《王級、神級、神王級》の三つを合わせた、剣技と同じ合計七つだ。
王級や神級とは言うが、最上級から上の魔法は、単独では到底行使不可能な魔法ばかりで、魔法の等級とはほぼ飾りのような物だそうだ。
ま、魔力が無い私にとって魔法の等級なんて関係ないんだけどね。
「よし!休憩終わり!ユウキ、まだまだいくよ!!」
「はい!!」
休憩時間が終わり稽古が再開する。
夢の為にも、休憩なんてしていられなかった。
それに、私は魔法が使えないから、せめて剣技は極めないとね。
成長している、というこの実感が、とても気持ち良かった。
*
「それじゃ、今日はここまでにしよう!お疲れ様!」
「ありがとうございました!!」
稽古が終わったのは、既に夕暮れの時であった。
私とルーレお兄様は互いに礼をし、その場を後にする。
体を伝う汗を布で拭きながら自分の部屋に戻ろうとしていた時、偶然レインお兄様とバッタリ出会った。
「わ!レインお兄様、こんばんは」
貴族の女性とは思えないほどに砕けた挨拶をかましてしまったが、大丈夫だ。
レインお兄様もそこら辺は理解してくれているハズだ。
「や、やぁ…ユウキ。今日の鍛錬はもう終わったのかい…?」
後から知った話なのだが、レインお兄様がいつも私達兄妹に対して冷たそうな態度を取っていたのは、単なる極度の人見知りだったからだそうだ。
兄妹達や家の召使達ともまともにコミニュケーションを取ることが出来ないレインお兄様を、お母様はかなり心配していたそう。
しかし、あの日の私との決闘でレインお兄様は変わった。
その変化はお母様も驚くほどのものだった。
今では、兄妹達とは難なくコミニュケーションは取れるし、数人の召使とも話せるようになったそうだ。
そんなレインお兄様は今では時期当主として、色々な事を学んでいる。
あの時、本当にレインお兄様が私の代わりになってくれた事に感謝している。
感謝してもし切れない程に…。
「はい!ちょうど今しがた終わった所です!レインお兄様も、ちょうど終わった所ですか?」
「あ、あぁ…今日のノルマは終わったさ。今日は部屋に戻ってゆっくり休むとするよ…」
最近ではレインお兄様の目の下にクマが目立つようになっていた。
正直、申し訳なさがあるのだ。
「その…レインお兄様、本当に私なんかの為に……」
「…幼い頃、何もしてやれてなかったからな……。これくらいなんて事ないさ……」
そう言ってレインお兄様は安らいだような優しい微笑みを見せた。
「ユウキ、応援してるぞ。家の事は俺に任せてくれ」
強く宣言するレインお兄様の瞳には、決闘の時と同じ確かな決意が宿っていた。
私は深く頭を下げ、礼を伝えた。
自室に戻って寝間着を身にまとい、いつも通りふかふかのベッドにダイブした。
ふわっふわのベッドに包まれるこの感触が…癖になるんだよなぁ……。
少しの間心地よい感触を味わいつつ、今日あった出来事を頭の中で思い返す。
午前では私には魔力が流れていないということが判明した。
それでもまあ、きっと何とかなるだろう。
午後はいつも通りルーレお兄様と稽古をした。
もっともっと技に磨きをかけなければ。
時間はたっぷりとある。
だから焦らず、日々の研鑽を重ねていかなくちゃ。
「もっと成長しなきゃ…」
…そのためには、良質な睡眠を取らなくちゃだよね。
目を瞑り、さっきから襲ってくる猛烈な睡魔に体を許す。
程なくして、私は深い眠りへと落ちていった。
*
窓の外から太陽の光が差し込んでいた。
外から聞こえる小鳥の囀りが、まるで私の目覚めを祝福しているかのようであった。
「んっ…うぅ…ん……」
もぞもぞと体を動かす。すると次第に目が覚めてきた。
上半身を起こし、ぐーんと伸びをする。
2年の月日が流れ、私は十四歳になった。
遂にこの日がやってきた。
そう、2年の修行期間を経てついに本日、旅に出れるのだ!
そう考えたら居ても立ってもいられなくなり、バッと体を起こし、素早く顔を洗って、ボサついた髪の毛を丁寧に梳かした。
鏡の前に立つのは、真っ白な銀髪を腰まで伸ばした赤眼の美少女――そう、私である。
この日のために新調した動きやすくシンプルなデザインの冒険者用の服に袖を通し、勢い良く扉を開けた。
今、全てが始まろうとしていた。
*
「おはよう。ユウキ」
「おはようございます!お母様!!」
食堂へと向かった私を真っ先に出迎えたのは、お母様だった。
「ついに…旅立つのね……」
どこか寂しそうな雰囲気の呟きが私の耳へと届く。
「お母様…心配しないで、決して命を粗末に扱うことはしないから」
「…ふふ、貴女を信じていますわ。…それより、お腹が減っては旅はできないでしょう? ユウキの門出は盛大に祝わないとね」
そう言って出されたのは豪勢な料理の数々だった。
私の好物や、体力が付くような肉料理、それに普段パーティとかでしか見ないような絶品。
その全てをペロリと平らげるまでそう時間は要さなかった。
「ご馳走様でした!!」
「ユウキ。正門の前で待っているわね、しっかりと準備できたら来なさい」
そう言ってお母様は食堂から退室し、私もそれに続き食堂を後にした。
部屋に戻ってすぐ行ったのは旅に持っていく荷物の最終確認だ。
それも完了したら、いよいよ出発の時だ。
パンパンに膨らんだバックパックを背負い、最後に14年の歳月を共にした自室を見納めてから、扉を閉めた。
家を出ることに対して、寂しいかと言われたら正直に言って寂しい。
けれども、今は寂しさよりもワクワクとドキドキが勝っているのだ。
そして、最後の扉に手をかけゆっくりと開ける。
そこには、どこまでも広がる青空と、家族の皆がいた。
「大切な妹の門出だ、みんなこうして集まってくれたんだ」
レイン兄様の発言にクレイ兄様とルーレ兄様も頷く。
確かに、食堂にはお母様と使用人が数名だけしかおらず、今頃兄達は自身の仕事をしてるのかな、と思っていた。
まさか、レイン兄様達が全員集まって私のお見送りをしてくれるなんて、思ってもいなかったのだ。
「ユウキ行ってしまう前に、私達から言いたい事があります」
お母様が一本前に出てきてそう言った。
「どれだけ辛く悲しい事を経験しても、私達家族はここ"銀嶺屋敷"に居ます。本当に挫けそうになった時は…家に帰ってきなさい」
それと、たまには私達に顔を見せに来るように――と伝えられた。
そう言うお母様の表情はいつにも増して、優しかった。
「次は俺とルーレの番だな」
「だね!」
今度はクレイ兄様とルーレ兄様が前に出てきた。
「ユウキ、これが旅立ちの日に渡すと言っていた物だ。これには相当な魔力が込められている、決して無駄使いするんじゃないぞ」
そう言ってクレイ兄様に手渡されたのは、水色の石が嵌め込まれたペンダント型の魔道具だった。
そのペンダントからは、確かに"魔力"を感じる。
「僕からはこの剣!有名な刀鍛冶に依頼して作ってもらった物だ」
そう言って手渡されたのはかなり重みのある片手剣だった。
刀身はとても綺麗な白銀色で、柄も握りやすく理想の剣だった。
「ユウキ、お前は確かに剣術の才はあるし、魔道具経由で魔法も使えるようになった。だが決して慢心してはいけない。それだけは、肝に銘じておけ」
「クレイ兄様は厳しすぎだよ、全くもう…。僕から言うことはただ一つ!慢心はもちろん駄目だけど…自信を持つことを忘れないで」
クレイ兄様から忠告、ルーレ兄様からは熱い激励を頂いた。
もちろん、贈り物にも大変感謝している。
最後となったレイン兄様が私の前に立った。
「ユウキ、長男である俺がお前に与えてやれたのは責任の身代わりしかない。こんな不出来な兄で……すまない」
そう言ってレイン兄様の表情にはどこか、物悲しい気配が漂っていた。
まるで私と決闘する前のレイン兄様みたいだった。
「でも、ずっと逃げてばかりの俺だったからこそ言えることがある」
そう語るレイン兄様の表情は先程の物悲しい雰囲気など微塵も無かった。
その顔には熱い想いが確かに宿っていた。
「後悔のあるような生き方だけはするな。そして何があっても、決して歩みを止めるな」
それが、唯一お前に言える俺なりのアドバイスだ――と、レイン兄様は言った。
お母様、レイン兄様、クレイ兄様、ルーレ兄様の想いをしっかりと受け取った。
銀嶺屋敷で過ごした日々を思い出し、すこし寂しい気持ちになりもしたが、……もう大丈夫だ。
私は気を引き締め、全員の顔を見る。
そして――
「行ってきます!!」
手を大きく振るいながら、背を向ける。
「頑張りなさい、ユウキ」
「頑張れ、ユウキ」
「応援している」
「頑張って!ユウキ!!」
皆の言葉を胸に、私よりも数倍背の高い門をくぐった。
その瞬間、銀嶺屋敷で過ごした記憶が頭の中で煌めいた気がした。
……寂しいけれど、永遠のお別れではない。生きていればまた帰れるのだ。
それよりも今は、この後の事を考えなくちゃね。
どこまでも広く続く青色の空の元。
天高く登る光り輝く太陽がまるで、私の旅立ちを祝福してくれているかのようだった。
そうだ、全ては今この瞬間、始まっているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます