第3話 夢を賭けた闘い
第3話 夢を賭けた闘い
「覚悟の……証明、か」
自室に戻り、ベッドに仰向けになって、さっきお母様に言われたことを思い返す。
私の覚悟を伝えられたと同時に、新たな試練ができた。
『明日の朝一番に、うちの騎士団長と決闘をしなさい』
母に提示された条件。実力を確かめるための決闘。
決闘に勝てば、私の好きなようにしても良いと言われた。
至ってシンプルな実力至上主義という訳だ。
もし、この一歩を踏み出さなければ、家を継ぐことになり、せっかくの転生というチャンスを無駄にしていたかもしれない。
「明日は、絶対に勝たなくちゃいけない…旅に出るために」
そして、今度こそ……自分の道を貫き通すために。
*
…ん……さ、寒い。あれ、いつの間にか寝ちゃってたのか。
…寝坊の心配は……要らなそうだ。
顔を洗い、寝癖を整え、剣を携えいつもの練習服に着替える。
いつもと同じように自室の扉を開け、地下にある訓練所へと足を運ぶ。
私の体の二倍程は大きい木の扉を開ける。
見慣れた訓練所に居たのは、お母様と鋼鉄の甲冑を着た騎士団長のクライットの二人であった。
「来ましたわね、ユウキ。では、早速始めましょう」
お母様が宣言すると、私よりも一回り体格が大きいクライットが歩み出てきた。
「ユウキお嬢様、本当によろしいのですね?」
私に逃げるという選択肢は、最初から無い。
「では、決闘のルールを説明しますわね」
お母様が決闘の取り決めについて細々と説明する。
武器は互いに真剣で、相手が降参すればその時点で勝利となる。
深く呼吸し、気を引き締める。
私もクライットに続き一歩前に出ようとしたその瞬間。
訓練所入口の木の大扉が勢いよく開いた。
透き通るような銀髪に整った顔立ち、恵まれた体格。
そこには、普段全く関わりの無いレインお兄様の姿があった。
*
石造りの巨大な空間に、扉を勢い良く開けた轟音が鳴り響く。
アリアの目に写ったのは、明らかに普段気弱な姿のレインではなかった。
その瞳は、今目の前にいるユウキと同じ、"何かを決意した瞳"だった。
アリアの次に驚いたのは、妹であるユウキだ。
普段見せないような表情の兄レインを見て、何かを感じ取ったのだ。
「ハァ……ッ、ハァ…」
急いで走ってきた為か、息切れの激しい様子のレインは、それでも止まることなくゆっくりとアリアの元へと歩み寄った。
「……お母様」
「レ、レイン……どうしてここに…?いや、それよりも――」
困惑の声を上げるアリアを、レインの力強い一言が遮った。
「か、変わりたいんだッ!……今の自分を、変えたくてっ……ここに来たんだ…」
「レイン……」
これ程までに感情を表に出したレインを見たことがないユウキは、驚きと困惑の表情で見つめていた。
それは、ユウキの決闘相手でもあるクライットも同様だ。
「決闘に、ユ…ユウキが勝ったら…長男である俺が家を継ぐことに、なる…それなら…!俺がこの手でユウキとの決闘を行いたい……!」
まさかの申し出にアリアは驚きを隠せないでいる。
「もしユウキが勝っても、そんな無理に継がせるつもりなんて…私には…。レイン!貴方には――!」
「ク、クレイもルーレも…!!もう既に自分の歩む道を見つけてる……」
「ルーレは将来優秀な騎士になるかも知れないし、クレイなんて国家直属の魔法隊からの声も掛かってる………」
「………進んでないのは、俺だけなんだ……」
自分のせいで、二人の進む道を曲げたくない――それが、レインの叫びだった。
そして、真っ直ぐとユウキの瞳を見つめた。
「ユウキも進むべき道を見つけた今……俺だけが、残ってる……もう、部屋に籠って…立ち止まっているのは嫌なんだッ!!」
「……ユウキ、俺は…変わりたい。……俺と…決闘してくれ」
真っ直ぐとしたその視線は、しっかりとユウキに伝わった。
ユウキだけでは無い、産みの親でもあるアリアにもまた、深く響いていた。
「……クライット」
「はっ…!」
「今回はレインに任せようと思います、異論は無いですね?」
深く頷いたクライットは、反論することもなくすぐさまアリアの後ろへと回り警備の構えを取った。
ユウキも焦ることもなく、決闘の位置に着く。この決闘が意味する事を理解したのだ。
「……レイン。しっかりとやりなさい、中途半端は許しません」
そう言って決闘用の剣をレインに渡す。
しっかりと握り、青年は背中を向ける。その背中はもう逃げてばかりの者の背中では決して無かった。
両者、位置に着く。
これは、単なる遊びではない。
一方は自分の願いのため、もう一方は今の自分を変えるため。
「"銀嶺屋敷"当主アリアの名においてここに宣言する!」
厳粛な宣言が響き渡り、二人の表情が引き締まる。
「決闘を、開始する!」
闘いが、今幕を開けた。
*
いつも通り剣を鞘から抜き、正面に構える。
急遽レインお兄様との決闘に変更したが、やることは変わらない。
決闘に勝って、次なる一歩を踏み出すために!
「決闘を、開始する!」
決闘の合図が鳴り響いた。
レインお兄様も、剣を抜き正面に構える。
レインお兄様の剣技はこれまで見たことがなかった為、しっかりと観察しようとすると、ふとレインお兄様の顔が視界に入った。
そこには、先程まで感情的だった表情は一切ない。
獲物を見定める氷のような目、隙のない剣の構え方。
気を引き締め、深呼吸する。
そして、両足に力を込め、一気に駆け出す。
今世でも鍛錬を怠らなかった為、身体能力はそれなりに高くなっている。
数メートルあった距離を一瞬で詰め、鋭い一閃。空気を斬る音が鳴った。
レインお兄様は私の攻撃を完璧に見切り、必要最低限の身のこなしで斬撃を回避した。
それを読んでいた私は、すぐさま回避方向に向かって横薙ぎの一撃を叩き込む。
レインお兄様の剣がそれを難なく防ぐ、がこれも想定内だ。
瞬時に怒涛の連撃を叩き込む。
一度目の生で編み出し、二度目の生で研鑽した技の数々は、今世でも違和感なく発揮することが出来る。
絶え間ない連撃に驚きの表情を見せるレインお兄様。
このままでは分が悪いと考えたのか、大きく後ろに跳躍し距離をとった。
「……ユウキ、どこでそんな剣技を……」
「物心ついた頃から……って言えば、信じてくれますか?」
「……ユウキは本当に天才だな」
羨望が混じった一言が私に届く。
でもこれだけは言わせて欲しい、レインお兄様も大概 天才だからね!?
その証拠に、今の連撃でかすり傷一つも負ってないどころか、息切れもしていない。
全ての軌道を完璧に察知し、瞬時に最適行動を取る。
戦闘センスが高いという事が今の攻防で分かった。
チラリと横目でお母様を見る。
先程の攻防を見て、驚きを隠せないと言った様子だ。
そして、いつの間にか来ていたクレイお兄様とルーレお兄様も、私達の戦いに魅入っていた。
今この瞬間、この場は…私の実力の証明なんだ、そう理解した。
先程以上の力を両足に込め、全力で踏み出した。
四連撃をレインお兄様に対して叩き込む。
対するレインお兄様は、今度は避けずに、その四連撃を冷静に剣で防ぎきった。
「…その剣技…《剣星流》…か」
唐突に、意味の分からない単語を発した。
次の瞬間、構え方を急に変えるレインお兄様。
「ならば、俺は《空晴流》で相手をしよう」
私は驚愕した。理由はレインお兄様が取った剣の構え方にあった。
その構え方を、私は知っている。何度も見たハズだ。
二度の転生を繰り返し、欠けた記憶の中でも一際、光り輝く記憶だったから。
それは、一度目の生で共に生きた"親友の構え方"だった。
*
『――――なぁ!⬛︎⬛︎⬛︎!僕の新しい構え方見てよ!』
『ん……?なんだ、あんま変わってなくね?』
『いや、変わってるよ!早速試してみようよ!!』
………
……
…
思い出すあの時の出来事。今はもおぼろげになりつつある一度目の生の記憶。
親友と共に剣の腕を磨きあったあの日々。
しかし、この記憶はもう……過去の出来事だ。
レインお兄様が取った構えは、確か《地構え》と呼んでいたはず。
変則的な構え方に苦戦した記憶を思い出したと同時に、それをどうやって攻略したのかも徐々に思い出していく。
私もレインお兄様同様に待ちの構えを取った。
両者睨み合いの状況が生まれる。
その静寂を打ち破ったのは、レインお兄様の体勢を崩しかねない程の重い攻勢だ。
この戦い方も、どこか見覚えがある……。
……この感じ、やっぱり親友の剣技と似ている…。
かつて、経験した攻防を再現していく内に、状況は次第に膠着状態となったのであった。
突然、とても驚いた様子でレインお兄様が話しかけてきた。
「もしかして、ユウキは《空晴流》の心得も持っているのか…?」
レインお兄様がさっきから、なんとか流と言っているが今はそれどころじゃない。
なんとかして隙を作り、必殺の間合いまで入り込まないと。
ひとまず落ち着いて、レインお兄様の踏み込みと構え方から次の攻撃を予測する。
断片的な記憶を頼りに、反撃行動と回避行動を頭の中で作り出す。
あとは、勝敗を決定付ける瞬間を作るだけだ。
大丈夫だ、落ち着いたら勝てる。
ちょうどその時、レインお兄様が口を開いた。
「……どうして、ユウキはそこまで頑張れるんだ?」
そう問いかけるレインお兄様の顔は、どこか悲痛な様子が漂っていた。
それよりも、放たれた言葉が私の心に深く刺さっていた。
『どうして、そこまで頑張れるんだ?』
先程のレインお兄様の言葉が脳内でこだましていた。
*
屋敷の長男である俺は……物心ついた頃から、人と接するのが苦手だった。
そんな情けない自分が長男という事実が悔しくて、恥ずかしかった。
そして、そんな自分を"周りがどう思っているのか"、それが気になって、いよいよ人と接するのが無理になったんだ。
弟達が生まれて成長していく過程を見るうちに、羨ましいという感情が頻繁に出てくるようになった。
俺自身との格差を感じて……。
そして遂に俺は、自分の世界に閉じこもるようになった。
このまま自分が屋敷を継がなくてはいけない、そう考えていた矢先に、妹のユウキが産まれたんだ。
お母様似の銀髪と美貌を兼ね備えた麗しい令嬢になるだろう、周囲からはそう言われていた。
また、劣等感を抱えながら生活しなくてはいけないのか、という暗い気持ちが胸に到来した。
しかし逆に、ユウキの存在は俺の胸にかかっていた暗闇を照らしてくれた。
ユウキは家族皆にとって、非常に眩しくて美しい宝物のような存在となった。
俺は次第に、妹に自分のような思いをして欲しくない、と思う様になった。
眩しいほどの輝きを放ち、誰の目をも引くような美しさを持つものは、必ずと言っていいほどに"脆い"。
その脆さの上に成り立っているからこそ、輝く程に美しい。
俺はその輝きが失われて欲しくないと思った。
時が経ちユウキが突然、家を出るという宣言をした。
その時の俺は驚きよりも心配が勝った。
十二の歳で危険が溢れる外の世界を旅できるのか?最初はそう考えた。
しかし、ユウキの目は本気だった。
その目を見て俺にある一つの感情が生まれた、それは焦り。
クレイもルーレも自分の道を見つけていた。
ユウキもその道を、揺るぎない覚悟と決意をもって進むことがその時分かった。
唯一、俺だけがただその場に立ち留まっていた。その現状が非常にマズイと感じた。
このままでは、何かを成すこともなく、一生を終えるのでは無いだろうか。
無限かと思えるような果てしない虚無が心を覆い尽くした。
そんな現状を変えるために、俺はこの決闘を申し込んだんだ。
ユウキの原動力はどこから湧いて出てくるのか知りたい。そのため、剣を交える事で分かることがあると思ったんだ。
子供の頃から剣術が好きで、会話するより剣を交わした方が相手のことを知れる気がした。
誠実な人の剣筋は真っ直ぐだ。何かを成そうとしている者の一撃はとても重く、自信がある者の構え方は一瞬で分かる。
逆に、信念が揺らいでいる人や覚悟が足りない者の剣は何かが足りない。
もし、ユウキの構えや剣筋に懸念を覚えた時には、ユウキの勝利を全力で阻止しに行こうと考えていた。
妹の背中を押してやりたいとは思っているが、決して実力がないのに背中を押す真似は絶対にしてはいけないからだ。
けれども俺の懸念は杞憂だったようだ。
ユウキの剣は今までに見たこともないような確かな決意と揺るがない意思が宿っていた。
そして、ますます気になった。
「……どうして、ユウキはそこまで頑張れるんだ?」
ユウキの原動力が知りたい。
その全てを恐れないような澄んだ瞳、自分の芯を真っ直ぐ突き通せる心の強さ、そこまでユウキを本気にさせる その"何か"が知りたい。
「……お前をそこまで本気にさせるのは、一体…なんなんだ?」
先程までの攻防が嘘だったかのように静かな静寂が訪れる。
俺の問いかけは、ユウキに何かをもたらしたようだった。
*
一方、レインとユウキの決闘を後方から観戦する者が居た。
母であるアリアとその護衛クレイット。そして、途中からやってきた銀嶺屋敷の次男と三男、クレイとルーレだった。
全員ユウキとレインの戦いぶりに大変驚愕していた。
何故なら、レイン達が鍛錬している姿を二人は見たことがなかったからだ。
しかしユウキとレインの剣の実力は、鍛錬していない者とは決して思えない腕前だったのだ。
そのためクレイとルーレの二人は、二人の事を天才と思っている。
実際レインは剣術の天才だが、ユウキの方は実はそうでは無い。
元々、彼女に剣術の才は無い。しかし彼女は二度の生を全て剣術に捧げた。
だからこそ今の力を手に入れることができたのだ。
その事を知らないクレイとルーレは静かに二人の戦いを観察する。
「……ユウキの動きが止まったな」
少し離れた位置で観戦している為、クレイ達には二人の話し声などは全く聞こえない。
ルーレは二人の戦いから見て盗めるものが有りそうだ、と言ったっきり集中して視線を話そうとしない。
この中で一番ソワソワしているのは母であるアリアだ。
兄妹同士の決闘である以上それは仕方がないと言うものだった。
「まさか…ユウキがこれ程の実力を持っていたとは、思ってもいませんでした」
「同感ですぞ……」
アリアの独り言のような呟きに反応したのは、元々決闘の相手を務める予定だったクレイットだ。
鋼鉄のヘルメットに護られたその表情は見ることが出来ないが、その声は確かに驚きの色が混じっていた。
今の状況は、レインがユウキに対して何かを問いかけて、ユウキがそれに反応して動きを止めている状態だ。
観戦している全員が固唾を飲んで見守る場面。
戦いは最終ラウンドへと突入しようとしていた。
*
レインお兄様の問いかけが、私の頭の中で鳴り響いて止まらない。
『どうして、ここまで頑張れるのか?』
どうしてって…
実力を証明して、旅に出るため……
そのために、今こうやって必死に戦ってる…
"何故旅に出る?"
私は――――
………
……
…
『ねぇ、⬛︎⬛︎⬛︎。僕達の夢は違う、そうだろう?』
はるか遠い昔の、心の片隅に残っている親友との最後の記憶。
この時の"約束"を果たすため――いや…違う。
それよりもずっと昔に、私の"オリジン"は生まれたんだ。
バラバラになっていた記憶の欠片から、私のオリジンを探す。
幸いな事に、探していたそれは、他の欠片よりも一際光り輝いていた。
私のオリジン、それは…"最強の剣士になるという夢"。
何故、忘れていたんだろう、ここまで頑張れる原動力を。
そして、自分の夢を。
旅に出る目的は自分の夢を叶える為。
そして、自分の夢を叶えて親友と誓った約束を果たす。
そのために私は、この決闘で絶対に勝たなくちゃいけないんだ。
…
……
………
「私がここまで頑張れる理由は、どうしても叶えたい夢があるから…」
レインお兄様は"夢"というワードに反応した。
その顔は何かを思い出した人の表情だった。
「…絶対に譲れない夢があるから!私は頑張れるんだ!!」
私は、自らレインお兄様との距離を取り、大きく息を吸い宣言する様に大きく言い放った。
勝つための隙がないなら、作ればいい。
得意の連撃を囮にして、私の最強の一撃を叩き込む。
勝負は今ここで、決める!
「夢を叶えられるなら、全てを投げ打ってでも構わない」
もう二度と、親友との約束も果たせず、自分の使命を守ることもできず、自分の夢すらも叶えられない……そんな人生を歩まないためにも。
「……行きますッ――!」
「俺も……この一撃に、今の全てを乗せようッ!!」
お互い、考えている事は同じようだ。
渾身の力を脳天から手足の先までに巡らせる。
深く息を吸い、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。
次の瞬間、思い切り地面を蹴って最後の勝負に出る。
懐かしさと悔しさ、そして決意をこの手に全てを込め、私は秘奥義を繰り出した。
転生しても体に強く根付いていた私の必殺技、その名も――
「
それに応じるかのようにレインお兄様も技を放った。
「――
剣と剣がぶつかり合うその瞬間――――想像していた音とは違う……鳴るはずの無い音が響いた。
響き渡った音は、剣同士がぶつかり合う甲高い音ではなく、何かが壊れた時の音だった。
そして次にカラン……、と床に何かが落ちる音がした。
手元を見てみると、そこには刀身が大破した剣が目に映った。
――――え…?
本当は分かっているはずなのに、脳が理解を拒んでいた。
レインお兄様も驚き、困惑している、しかしその手に持つ剣は折れてなどいない。
私の剣が、折れたのだ。
この場合、決闘の勝者は――――
「……両者そこまで!」
お母様の声が聞こえた。
同時に、体重を支える足に力が入らない様な錯覚を覚えた。
動揺のせいか、目の前が激しく揺れている気がした。
決闘の取り決めには武器が壊れた際のことも言っていた。
この場合負けになるのは…。
「……勝者は――レイン!」
…全力だった。
実力が足りなかったのではない、ただ運が無かったのだ。
*
「……ユウキ、頼みがあるんだ」
俯く私の元にレインお兄様の言葉が届いた。
顔を上げると、お兄様の表情が目に映りこんだ。
それは"何かを決意した表情"であった。
「屋敷の後継権を…俺に譲ってくれないか?」
その願ってもない言葉に私は、思わず叫びそうになる。
「で、でも…私は――」
「ユウキ、お前と剣を交えて分かった。お前の覚悟の強さと、実力を」
その言葉を聞いて、胸の奥から何かが溢れ出しそうになるのを覚えた。
「いや……それでも、決闘に負けた私は――」
「――ユウキ」
私の弱気な呟きをバッサリと切ったのは、お母様だった。
「貴女が決闘に勝てたら、という条件でしたけれども、さきの戦いぶりを見て考えが変わりました」
「じゃ、じゃあ……!旅に出ても!――!」
「――ですが、条件があります」
お母様が語った条件とは、"2年間しっかりと剣術と魔法の特訓をする"と言った内容であった。
課された2年間という時間は、今までを耐え忍んできた時間と比べれば全然大したことない。
私にとってはこの提案が救いの手のように思えた。
「きちんと2年間の鍛錬を経た後なら、旅に出ることを許可します」
これ以上は譲渡しない、とでも言わんばかりの迫力があった。
それでも、鍛錬をしっかりと積んだら旅に出ることを許してくれると言うのだ。
それは、私にとってこれ以上にもない戦果だった。
「貴女自身の夢を叶えるため、そして、後悔しない為に…しっかり頑張りなさい」
言葉の端々から厳格な雰囲気が感じ取れたが、その表情はいつにも増して優しかった。
私の覚悟を認めてくれたことが何よりも嬉しかった。
「……ユウキ。俺は、お前のお陰で一歩前に進めた。
それだけじゃない、お前の剣を振るう姿を見て、勇気を貰ったんだ」
真剣な表情のレインお兄様に真っ直ぐと見つめられる。
そして、私の肩に手を置いた。
「家の事は、長男である俺に任せてくれ。お前は自分の道を歩め」
レインお兄様の瞳には確かな決意が見て取れた。
私は過去に同じような強い意志を持つ瞳を、何度も見てきたから分かる。
「……ありがとう…レインお兄様。本当に…、ほんとうにありがとう……」
感謝してもしきれない、レインお兄様のお陰で私は、夢の為の一歩を踏み出せるんだ。
「クレイ、ルーレ」
お母様が横にいたクレイお兄様とルーレお兄様の名を呼んだ。
「ユウキの鍛錬に力を貸してやってあげなさい。貴方達もユウキから学ぶ事もあるでしょうし」
その言葉を聞いて二人の兄は力強く頷いていた。
ルーレお兄様に至っては私の剣技に対して興味津々の様子で、今にでも質問攻めされそうな予感がした。
決闘は決して望んでいた形で終わった訳では無かったが、それでも、今までの努力が実を結んだような気がした。
道は塞がった訳ではない、遠のいただけだ。
今までと同じ努力を重ねて今度こそ、親友との約束、自分の願い、そしてこの人生を――やり遂げるんだ。
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