第3話 初めての現代ダンジョン


湾岸区第七ダンジョン。

それが、ライムにとって初めて踏み込む“現代の戦場”だった。


人工島の中央に口を開ける巨大な構造物は、遠目には廃ビルの残骸のようにも見える。

だが、近づくにつれ、異様さがはっきりと伝わってきた。


空気が重い。

目に見えない圧が、肌を撫でる。


「緊張してる?」


隣を歩く雨宮かなえが、視線を向けてきた。


「……していないと言えば、嘘になる」


ライムは正直に答えた。


装備は最低限。

ギルドから貸与された防刃ジャケットと、簡易通信機。

異世界で使っていたローブとは、まるで勝手が違う。


「初回は浅層まで。

 目的は戦闘経験と、あなたの適性確認」


雨宮の声は落ち着いている。


「無理はさせない。

 危険だと判断したら、私が止める」


「……頼りにしている」


そう言うと、雨宮は少しだけ目を細めた。


「その言葉、嫌いじゃないわ」


 



 


ダンジョンの内部は、外見とは別物だった。


コンクリートのような壁。

だが、触れれば冷たく、微かに脈打っている。


「……生きているみたいだな」


「正確には、“成長している”らしい」


そう答えたのは、少し後ろを歩く百瀬くるみだった。


短めの髪に、眼鏡。

手元の端末から、視線をほとんど上げない。


「ダンジョンは、内部構造を変化させる。

 生態系を持つ、って表現されることもある」


「生態系……」


「簡単に言うと、

 中で魔物が増えて、環境も変わるってこと」


専門用語を、かみ砕いて説明する口調。

理論派なのが、すぐにわかった。


「ライム、雷魔法を使うって聞いたけど」


「そうだ」


「いいデータが取れそう」


淡々と言われ、ライムは少し居心地が悪くなる。


 



 


最初の魔物は、小型だった。


灰色の体毛を持つ、犬に似た魔物。

数は三。


「動くな」


雨宮の低い声が響く。


「ライム、一本だけでいい。

 牽制して」


牽制。

異世界でも使われた言葉だ。


ライムは一歩前に出る。


「……雷よ」


詠唱は、ほとんど無意識だった。


指先から放たれた細い雷が、最前列の魔物を撃つ。

甲高い悲鳴。

魔物は弾かれるように後退した。


「効いてる!」


くるみが即座に反応する。


「貫通力、高い!

 物理装甲、ほとんど無視してる!」


雨宮が合図を出す。


「今!」


連携は鮮やかだった。

雨宮と、別パーティの前衛が一気に距離を詰め、魔物を仕留める。


戦闘は、数十秒で終わった。


「……終わった、のか」


ライムは、自分の手を見つめる。


異世界の戦いより、ずっと短い。

だが、油断すれば死ぬ点は同じだ。


「初戦としては上出来」


雨宮は短く評価した。


「魔力消費は?」


「……少ない」


「なら、続行」


 



 


進むにつれ、魔物の数が増えていく。


ライムは、後衛から雷を放ち続けた。

狙いは正確。

威力は控えめだが、確実に足止めできる。


「面白いわね」


休憩中、くるみが言った。


「雷って、派手なイメージだけど。

 あなたのは、無駄がない」


「癖、みたいなものだ」


異世界では、魔力は貴重だった。

無駄撃ちは、死に直結する。


「現代ダンジョン向きかも」


その言葉が、胸に残った。


 



 


浅層の奥で、少し大きな魔物が現れた。


人型に近い影。

手には、骨のような武器。


「……ゴブリン型」


雨宮が即座に判断する。


「知能がある。

 動きに注意」


異世界でも、よく戦った相手だ。


「ライム、いける?」


「……問題ない」


雷を、少しだけ強める。


放たれた一撃は、魔物の腕を貫いた。

叫び声。


だが、次の瞬間――。


「伏せて!」


雨宮の叫び。


魔物が投げた武器が、壁に突き刺さる。

ほんの一瞬、判断が遅れていれば、ライムの頭だった。


心臓が跳ねる。


――危なかった。


だが、足は止まらなかった。


「……雷よ!」


今度は、連続で放つ。


二本、三本。

魔物は耐えきれず、崩れ落ちた。


 



 


戦闘終了。


静寂が戻る。


そのときだった。


視界に、見慣れた光が浮かぶ。


 


【ステータス更新】


名前:ライム

レベル:3


魔力:低

耐久:低

敏捷:低


スキル

・雷魔法(初級)

 ※精度:上昇

 ※連続発動:可能


 


「……上がった」


確かな手応え。


雨宮が、ライムの肩を軽く叩いた。


「初ダンジョンでレベルアップ。

 悪くない」


「……生きて帰れた」


それが、何よりだった。


ダンジョンの出口へ向かいながら、ライムは思う。


ここは、異世界じゃない。

だが、戦う理由はある。


まだ、ドラグは倒れていない。

そして――。


「強くなれる」


現代という世界で。


雷魔法士ライムは、

探索者としての一歩を、確かに踏み出した。


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