第4話 雷は、数字で測られる
探索者ギルド湾岸支部の地下には、一般の探索者が立ち入れない区画がある。
通称――測定室。
分厚い防壁に囲まれたその空間は、ダンジョン内部よりも無機質だった。
白い壁、規則的に並ぶ機材、そして床に刻まれた複雑な魔力感知紋様。
「緊張してる?」
隣で端末を操作しながら、百瀬くるみが言った。
「少しな」
正直な答えだった。
異世界では、強さは戦場で測られるものだった。
生き残ったか、倒したか。
それだけだ。
だが、ここでは違う。
「ここでは、強さは“数値”になる」
雨宮かなえが、静かに告げる。
「それは評価でもあり、
同時に制限にもなる」
制限。
その言葉に、ライムは小さく息を吐いた。
◆
「まずは魔力総量から測るわ」
くるみが、円筒状の装置を指差す。
「中に立って。
何もしなくていい」
言われるままに立つと、装置が低く唸りを上げた。
光が走り、身体をなぞる感覚。
数秒後、端末に数値が表示される。
「……低いわね」
くるみは、あっさり言った。
「探索者全体の平均より、やや下」
「そうか」
異世界でも、ライムは魔力量が多い方ではなかった。
それ自体は、想定内だ。
「でも――」
くるみは、指を止めない。
「出力効率が、異常にいい」
「効率?」
「同じ魔力で、
他の探索者より高い威力を出してる」
くるみは画面を拡大する。
「これ、雷魔法の発動ログ。
ほとんどロスがない」
※ロス:エネルギーが無駄に失われること
「無駄がない……」
それは、異世界で身につけた癖だった。
無駄撃ちは死に直結する。
「次、雷魔法そのものを見せて」
◆
模擬魔物が、測定室の中央に投影される。
実体はないが、防御力や耐久力は再現されているらしい。
「出力は自由。
ただし、破壊しすぎないで」
「……わかった」
ライムは深く息を吸う。
「――雷よ」
細い閃光が走る。
模擬魔物の表層が、焼け焦げた。
「貫通率、予想以上」
くるみが即座に記録する。
「装甲想定をほぼ無視。
これ、対人戦だと危険ね」
「……俺は、人には向けない」
そう言うと、雨宮が視線を向けてきた。
「その意志が、ずっと変わらないといいわね」
「変えない」
ライムは、迷わず答えた。
◆
測定は続く。
連続発動。
距離。
精度。
数字が、積み重なっていく。
「レベルの割に、完成度が高い」
くるみは、珍しく感心したように言った。
「普通、レベル3だと、
魔法は暴発しがちなのに」
「制御は、慣れている」
異世界では、幼い頃から雷を扱ってきた。
魔法は、生活の一部だった。
「ただし――」
くるみは、真顔になる。
「身体能力が、圧倒的に足りない」
「……自覚はある」
「耐久も敏捷も低い。
一撃もらったら、終わり」
それは、事実だった。
「でもね」
くるみは、端末を閉じる。
「伸び代は、かなり大きい」
「伸び代?」
「雷魔法を、攻撃だけに使ってないでしょ」
ライムは、少しだけ目を見開いた。
「魔力の流れ、
無意識に身体にも回してる」
「微弱だけど、
筋肉の反応が上がってる」
※身体強化:魔力で身体能力を一時的に高める技術
「意識すれば、
雷を“纏う”こともできるかもしれない」
その言葉に、胸がわずかに高鳴った。
◆
測定終了後。
小さな会議室で、結果がまとめられた。
「結論を言うわ」
雨宮が言う。
「ライムは、
現代ダンジョンに適応できるタイプ」
「派手さはない。
でも、実戦向き」
「後衛向きだけど、
成長すれば役割は広がる」
評価としては、悪くない。
だが――。
「問題は、異世界由来って点」
雨宮の声が低くなる。
「上は、慎重よ」
「……そうだろうな」
「だから」
雨宮は、はっきり言った。
「当面は、私の専属同行。
単独行動は禁止」
監視。
それでも、排除ではない。
「受け入れる」
ライムは、短く答えた。
◆
部屋を出る直前。
視界に、光が浮かんだ。
【ステータス更新】
名前:ライム
レベル:4
魔力:低
耐久:低
敏捷:低
スキル
・雷魔法(初級)
※精度:安定
※出力効率:向上
レベルが、上がっている。
「……測っただけで?」
「測定も、経験になる」
くるみが言った。
「自分の力を理解するのも、成長よ」
その言葉は、妙に納得できた。
◆
廊下を歩きながら、ライムは考える。
異世界では、力は感覚だった。
ここでは、数字だ。
だが――。
数字は、嘘をつかない。
弱さも、強さも、はっきり示す。
「……悪くない」
雨宮が横で言った。
「何がだ?」
「あなたの目」
雨宮は、前を見たまま続ける。
「数字を見て、
逃げない人の目をしてる」
ライムは、静かにうなずいた。
雷は、数字で測られる。
だが――。
雷を振るう理由までは、
誰にも測れない。
そう、彼は思った。
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