第2話 任務の終わり①
「――てなわけでエェッ!」
バカ高いテンションの、その声が響き渡ったのは、クレスト重工第一工場への襲撃から二日後――午後七時を回ったばかりの時のこと。
場所はアンバース首都ブルゲンハイムの中心街より東寄りに位置するブロンプト地区。そこに聳える高層アパートメントの、十二階にある一室である。
リビングルームのテーブルを囲むのは、ミッショナーチーム〈セツナ〉の面々だ。〈セツナ〉のメンバーは男女二人ずつだから、というわけでもないだろうが、八人掛けのテーブルに、彼らは男性陣と女性陣で分かれて並んで腰かけている。
テーブルにはデリバリーで注文したピザやフライドチキンといったご馳走が並び、メンバーそれぞれがドリンクのグラスを手にしていた。
片隅には新聞が広げられ、でかでかと印字された見出しが覗く――
『軍事結社バルムトの高性能マナ・オートマトン兵団「星の盾」壊滅! 反軍拡活動組織「リビアーナ」による犯行か』
無事に任務を達成し、チーム解散を目前とした祝賀会だ。音頭を取るのはコードネーム『走破』――ルード・クレイハーツ。明るい髪をツンツンに立てた青年である。手にしたグラスを高々と掲げ、面々を見回した。
「我らチーム〈セツナ〉がリーダー、コードネーム『春雷』――もといィ! ノクト・ファーレイ殿の結婚を祝しましてェ――――――」
「え?」
身に覚えのない文句を耳にして、隣のノクトが疑問符を洩らした。ドリンクの入ったグラスを手にしたまま、きょとんとしている。
「ちがうちがう! ちがうよルーちゃん! 今のとこ結婚予定ないよ、ウチらのリーダー!」
同じくグラスを手に、反対側の手を振りながらそう否定するのは、コードネーム『恋華』、リザベル・アンティチョーク。薄桃色の髪をソバージュにした女性だった。
「え。そうだったっけか?」とぼけるルード。
「うん、ちがうちがう! ちがうよ! これってそういう会じゃないから! ねえ、アンちゃん! ちがうっしょ?」
「……さんざんやめるよう伝えてきたその呼び名も、結局、最後までそのままだったか」
リザベルの隣で無表情にそう言うのは、コードネーム『寂寞』――アンナ・シャルロッテ。赤茶色の髪をポニーテールにした女性である。凛とした瞳が、その端正な顔立ちに映えていた。
そのアンナの手にも、もちろんドリンクの入ったグラスがある。
コードネーム『走破』ルード・クレイハーツ、『恋華』リザベル・アンティチョーク、『寂寞』アンナ・シャルロッテ――
そして、『春雷』ノクト・ファーレイ。
この四名こそ、軍事結社〈バルムト〉の高性能オートマトン兵団〈星の盾〉の殲滅を依頼され、そしてみごと達成したチーム〈セツナ〉に他ならない。その図抜けた戦闘能力ゆえに〈生きる伝説〉と謳われるノクトはもちろん、それぞれが生まれながらに体内にマナエネルギーを持つ精霊導士であり、名うてのミッショナーである。
5LDKのこの賃貸物件を、彼らは任務における拠点として使用し、共同生活を送っていたのだった。実家から出てきたノクトを除く三人はそれまで郊外で一人暮らしをしていたので、住んでいた部屋を引き払ってこちらへ移ってきたわけである。
拠点となるアジトでの共同生活を提案したのはルード、部屋を探し、契約したのはノクトだ。交通の便を含めた立地もそうだが、広いベランダと、そこからの見晴らしが決め手となった。メンバーは四人なのに5LDKを選んでしまったのは、今ではご愛敬だ。
「いいじゃんよォ、堅苦しいコードネームじゃなくたって。もう任務は終わったんだしさ!」
「自分がコードネームで呼ぶよう要求していたのは、あくまで任務遂行中に限ったことだ。本名で呼ぶことを全面的に禁じた覚えはないし、そう呼びたいなら呼べばいい。自分はその稚拙な愛称のことを言っている」
リザベルは任務中にもよくアンナのことを本名で呼んでいて、そのたびにアンナからそれを注意されてきた。「任務中に本名で呼ぶのはよせ」と。
「え~~~??? なんでよォ? いいじゃん、『アンちゃん』。呼びやすいし親しみやすいし! 今後はコレで通させてもらおうと思ってたんだけどな~」
「今後も何も、これからそうそうおまえに会う機会があるとも自分には思えないが」
「そお~んな寂しいこと言わないでよ、アンちゃん!」
「ゴホン! ええっと、いいか? さっさと乾杯したいんだが!」
水を差してきたルードに、リザベルが険のある目を向ける。
「あんたがくだらないボケかまさなきゃ、とっくに乾杯の運びになってたっつーの」
「え? はははっ、いや悪ィ悪ィ。んじゃま、改めまして、と……。では! チーム〈セツナ〉! 任務の完了と成功を祝して!」
と、グラスを持った手を差し出す。
「「「「乾杯」」」」
チン、と四人のグラスがテーブルの真上で重なった。
それぞれが、それぞれのドリンクを口へ運ぶ。メンバーの中で唯一、未成年のノクトだけはオレンジジュース、他の三人はビールだ。今日ぐらいいいじゃねーかよ、とルードには酒を勧められたが、結局ことわった。どのみち半年後には法的にも飲酒が許される年齢にはなるとはいえ、現状未成年なのは事実だ。
「どーよ、ノック! 勝利の美酒の味は?」
ビールを一気に半分近く呷ったルードが尋ねた。
「どう、と言われてもな……」
答えるノクトの視線は、グラスのオレンジジュースに注がれている。
「だよねえ? 困るよねェ、ノックちゃん! 美酒の味とか言われたって、ソレ酒じゃないもんねえ?」
リザベルがいたずらっぽくそう言って、グラスのビールを飲んだ。
いかにもクールな外見ゆえ、あまり愛称で呼ばれるイメージのないノクトであったが、仲間の中には彼を「ノック」とか「ノックちゃん」と呼ぶ者もあった。ミッショナー仲間だけに限らない。今でも顔を合わせることのある昔馴染みの中には、自分を愛称で呼ぶ者もいる。
といっても、そんな昔馴染みは絶滅危惧種に等しいほど少数であったが。
「いや……そういうことじゃなくて……」
ノクトはそこで、少し間を置いた。
「俺が言っているのは、べつに、これが酒じゃないとかオレンジジュースだとかということとは関係なくて……勝利の美酒などとルードは言うが……果たしてコレはほんとうに勝利なのか、ということだ」
「は?」
眉根を互い違いにして訊き返すのはルードだったが、リザベルにせよアンナにせよ
「この人はいったい何を言ってるんだ?」というような表情には変わりがない。
「俺たちは確かに戦いには勝った……〈星の盾〉の殲滅に成功し、任務を達成した……だが、それはある意味では俺たちの戦いじゃない。依頼主である〈リビアーナ〉の戦いだ」
〈リビアーナ〉――今回、ノクトたちに〈星の盾〉殲滅を依頼した、ブルゲンハイムに拠点を持つ組織の名である。巷では反マナ軍拡活動組織として知られ、マナエネルギーの軍事への転用に反対し、活動している。
精霊導士が生まれつき持つものを除き、マナエネルギーは植物、とくに木々から抽出され、代償としてその生命力を著しく減退させるものであるため、彼らは自然保護や環境保護を謳ってはいるが、全面的に国民の支持を得られているとは言えない。アンバースの国民が各種インフラを支えるマナエネルギーの恩恵に与っているのは事実であるし、また組織の活動内容が、往々にしてテロまがいの過激なものだったからだ。
「俺たちは彼らみたいに思想や理想を持っているわけじゃない。自然保護とか軍拡抑止とか、そんな大それた理念を掲げて依頼をこなしてるわけじゃない……」
ノクトはそこで、ふと視線をもたげてメンバーの顔を見回した。先ほどまで憂いを滲ませていたその目が、今はどこか自信なさげだ。
「……だよ……な?」
と、やはり自信なさそうに確認する。
「まーな」「まァね」「そうだ」
ルード、リザベル、アンナがそれぞれ首肯した。
三人の回答を聞いて、ノクトは安心したようだった。その瞳にまた憂いを滲ませ、手元のオレンジジュースに視線を落とす。
「だから……実際に戦うのが自分たちであっても、俺はどこか他人事なんだ。おまえたちがどうかはわからないが、いつでもそうだった……とにかく、そんな戦いに勝利したからといって、それをそんなに喜べるというもんでも――」
言いかけたノクトの台詞が、隣のルードの「オイ!」という声に遮られる。
「そんなシケたツラしてんなよ、ノック! ノるべき時ぐらいノらねーと女にモテねェぜ!?」と言って、グラスのビールを飲み干した。むかいに座る女性陣を見やり、「なあ?」
同意を求められて苦笑を洩らしたのはリザベルだ。
「女にモテるモテないをアンタに云々されたくはないだろーけどねェ、ノックちゃんも!」
「ああ!? 何だよ!」
「そんなことより」やや語気を強めて遮るアンナ。「報告することがあるのではないのか、おまえたち」
――寸刻、フリーズするルードとリザベル。きょとんとするノクト。
「な……なんだ?」
尋ねるが、ルードもリザベルもすぐには答えようとしない。
ルードが照れたように鼻をこする。
「報告遅れちまって悪ィが、リーダー……じつは俺たち、結婚することになってな」
「――ッッ!」
ノクトは両眉をそびやかし、そしてそのまま固まった。
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