ミッショナーズ・ロード

左右

第1話 プロローグ 生きる伝説

 時刻は、まもなく午後十時を回ろうとしている。

 ここはクレスト重工の第一工場――中央フリーフロア。

 

 だだっ広い空間の中ほどで、一人の人物が大勢の兵士たちに取り囲まれていた。


 癖のないパールホワイトの髪をツーブロックにした少年――いや、青年か。二十歳になるかならずといったところだろう。オリーブグレーのストレッチパンツを穿き、ホワイトグレーのVネックシャツの上に黒のミリタリージャケットを羽織っている。

 

 コードネーム『春雷』――ノクト・ファーレイ。生まれつき体内にマナエネルギーを宿し、操るすべを持つ精霊導士であり、戦闘発生案件を請け負う〈ミッショナー〉であった。


(あれから、もう一年か……あっという間だったな……)


 遠目をして、しみじみ思う。細めた目に長いまつ毛がかぶさり、その中性的とも言える端正な風貌に映えた。


 ノクトはその目を、あたりへ巡らせる。


 フロアの壁を背に佇む、優に百体はいようかという兵士たち。ビリジアンカラーの軍服、その左胸と軍帽には星を象ったゴールドの紋章。しかしホワイトグレーを基調としたそのつるりとしたメカニカルな外観からして、人間でないのは一目でわかる。


 機械人形――オートマトン。

 ただのオートマトンではない。体内にマナ・エナジーコアを内蔵し、マナエネルギーをスキルとして戦闘に用いることのできるマナ・オートマトン兵だ。


(軍事結社〈バルムト〉の擁する高性能オートマトン兵団〈星の盾〉か。こいつらの殲滅任務を受けて、ルードたちとチーム〈セツナ〉を結成し、もうすぐ一年……思えば早かった)


 奥へと続く通路の出入口脇には、破壊されたオートマトン兵が二体。先ほど他のメンバーの行く手を阻もうとし、返り討ちにされた連中だ。


 侵入者を知らせるサイレンの音に反応してここで待機していたこれら数十体の護衛兵を一手に引き受け、仲間たちは先に行かせた――それが、わずか数分前のこと。


(こいつらは、第三工場と第四工場で撃破してきた連中と同じ、型式〈αー12〉……そして、この先にある〈ゴッドハンド〉防衛に当たっているのが最新型の〈βー9〉……〈星の盾〉最強のマナ・オートマトン兵か。いくらルードたちが優秀でも、油断はできない……こいつらに時間をかけている暇はないな)


 一人思案するノクトの表情には、焦りも動揺もない。女性と見紛うばかりの、その整った顔立ちを、なお一層引き立てるような涼しげな――いささか冷たささえ漂わせた――面差しのまま、とくに戦闘の構えを取ることもなく、棒立ちになっている。


 かと思えば、やおら腕を動かし、右の手のひらを胸の高さで上に向けた。

 その手のひらの上に電光を伴った青白い光が発生し、集束、一気に膨張してゆく。

たちまち、人間の頭部よりも一回り大きなサイズの球体となった。


「よく見ておけ。これがマナエネルギー……おまえたちの持つような、人の手が加わったものじゃない……正真正銘、天然モノの純粋なマナエネルギーだ」


 誰にでもなく言う。いや、ノクトとしてはむろんオートマトン兵たちに言ったつもりではあるのだろうが、同時に、どこか独り言のようにも聞こえる口ぶりであった。


「αー12 個体ナンバー921 ターゲット 特定完了…… 情報トノ一致ヲ確認 対象ハ 敵性存在ダト 断定スル」


 司令官的な立場らしい一体のオートマトン兵の口から、その機械音声が洩れた。


「排除ミッション展開 攻撃プログラム4ヲ共有――」


 他のオートマトン兵たちが、ほとんど一斉に動いた。右手を正面に突き出す。


「ディスクレート(射出機構生成)」


 その言葉と共に、手元に直径十センチほどの青白い円盤が生成される。「プログラム4 エリミネート・ガン展開――マナ濃度 70パーセント」


 ビュンビュンッと空気を裂くような音と共に、円盤から光弾が発射される。


「オートシールド」


 ノクトが口にすると、その全身が一瞬、青白く発光した。微風でパールホワイトの髪がそよぐ。

 無数の光弾が、その体に着弾しようという直前、周辺空間に光のシールドが発生した。まるで弾の一つ一つに反応しているかのように一瞬だけ生成されるシールドに、光弾はことごとく弾かれ、細かく砕け散っていく。


「……悪くない」


 ノクトは身じろぎもせずに、ぽつりと言った。


「αー12 個体ナンバー765 攻撃プログラム4 効果 確認デキズ マナ濃度インクリース ヲ 提案スル」

「αー12 個体ナンバー921ヨリ応答 765ノ提案ヲ 受諾スル マナ濃度 80パーセント ヲ 共有」


 再び発射された光弾を、ノクトは高く跳躍してかわす。

 その全身が鈍く光りだす。降りてこない。天井近くで浮かんだまま、オートマトン兵たちを見下ろした。


「教えてやろう……俺が生きる伝説と呼ばれる理由を」


 右手を掲げると、その手のひらの上にあった球体が弾け、何百という光の粒子に分裂して広がった。

 と、その一つ一つが膨張し、直径三十センチほどのサイズになる。


「α―12 個体ナンバー921 敵性存在ノ攻撃行動ヲ確認 警戒レベル5 防衛プログラム展開 防衛プログラム5 フロートシールド――マナ濃度90パーセント ニヨリ 各自 対応セヨ ナオ 攻撃プログラム4ハ マナ濃度90パーセント ヲ 共有 続行スル」


 オートマトン兵たちが、手のひらを中空のノクトへ向ける。

 凄まじい砲撃が再開されるが、無数の光弾はやはり、その体に達する直前で空間に浮上するシールドにことごとく弾かれ、砕け散ってゆく。


「星巡りし夜の帳よ……彼方へ届け、精霊の詠……マナの煌めき、万象に舞い降りし光となりて……蒼穹の導きに従い、地に這う影を祓い給え――」


 激しく散りゆく青白い光の粒子に包まれながら、ノクトが低く詠唱した。


「セレスティアル・レイン」


 唱え、腕を振り下ろす。


 空間で静止していた多量のエネルギー弾が、まるで流星の雨のように凄まじい勢いでオートマトン兵たちに襲いかかっていった――――――。

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